太田道灌の話 “力の泉を求めて”


第三十話 三不詳

平井城から戻った道潅と資康に、都留が目を細める。
「資康のお披露目はいかがでしたか。」
「おう、それよ、それ、」
道潅が待ってましたとばかりに話始めた。
「都留も、相模の三浦党を知っているだろう。」
「ええ、源頼朝様のころからのお力をお持ちの一族とか。」
「そうじゃ。その三浦党の三浦高救様と話していた時に、高救様から持ち出された話なのじゃが。高救様が資康を見て、大変気にいった様子で、こう言われたのだ。ご嫡男、義同殿に娘御がおられてな、『その娘御を資康に将来、嫁がせたいが、道潅、資康、どうじゃ。』とおしゃられたのだ。もちろん、酒の席のことだ。正式の話ではない。だが、私も良い話だと受けた。」
「三浦高救様というと・・・。」
「そうじゃ。お館様、扇谷上杉家の定正様の実の兄上にあたる。」
都留はまだ、大人になりきらない資康を見た。資康はこの年、江戸の平河天満宮で、元服式を行ったばかりである。
「資康も、いつの間にか、そんな歳になったのですね。」
都留の目は優しさに包まれたままに、資康を見ていた。

道潅のもとには、関東のあらゆるところから。陳情をする者が後を絶たない。その中には、道潅にとって、無視できないものもあった。その一つが、秩父の地侍からのものだった。彼らはもともと、長尾景春やその叔父にあたる長尾景明の配下にあった。景春の反乱で、道潅が秩父に侵攻し、彼らを味方に引き入れた。その中には戦いの中で降伏した者もいた。その際に、道潅は約束したのである。
「おぬしらの土地は管領上杉顕定様が安堵なさる。それは、この道潅が保証する。」

ところが都鄙合体がなっても、上杉顕定は彼らに対して、なんの音沙汰もないのである。さらに言えば、顕定は彼らに会おうともしなかった。不安に思った地侍たちは、次々に、江戸城に道灌のもとを訪れ、早く、あの約束を果たしてほしいと懇願したのだった。道潅としても、顕定に実行してほしいことだった。
「なぜ、安堵をなさらぬのか。なぜ、約束を果たされぬ。」
道潅の不安は、怒りへと変わり始めていた。
「上州の状況が不安定だかと言って、秩父の者たちの土地を安堵なさらぬ理由にはならん。」

上州は管領上杉家のおひざ元である。そこで、反顕定の動きが続いていたのである。そこには表立ってはいないが、景春の動きもあるようである。しかし、そこは管領家のおひざ元である。道潅が出ていける場所でもなかった。道潅のイライラは募った。そして、道潅の怒りは爆発し、顕定の側近である高瀬民部少輔あてに、39か条にも及ぶ書状を送りつけたのである。いわゆる三不詳を諌める道潅状である。

「大串弥七郎の出仕については、この道潅が何度も屋形(顕定)に申しあげてきたところだ。しかも、屋形はこの道潅の面前で、出仕を認めると仰せになった。にもかかわらず、いまだに彼をお許しならないのはどういうわけか。確かに、弥七郎は景春方にいた者である。だが、だからこそ、敵の内情に精通し、道潅が高佐須城を攻撃した際には、弥七郎の情報をもとに、作戦を練り、落城させたのだ。しかも、その際に、味方の損害は一人も出なかったことは屋形も御存じのはずだ。これほどの功をあげた者である。今、秩父の衆は、屋形の弥七郎に対する処置を注視しておる。弥七郎の功を認めれば、これからも、弥七郎に続く者が多く現れるだろう。
降参人については、道潅がとりなし、屋形もお許しになり、所領安堵については、ご証状までお与えになった。道潅としては、できる限りのことを行ったのだ。決して、自分勝手に、決めてきたわけではない。」

道潅は最後に、顕定に対して、諭すのである。

「1.2か月、屋形のそばにいて、感じたことは関東が屋形のもとで、平穏になることは難しいだろうということだ。人々の不運はここにある。まず管領上杉家の家中が調っていない。そのために、上州の状況はいつも混乱していて、それは屋形の優柔不断の性格からくるものだろうか。
古来より、国家を鎮めて、大乱を治めることができるのは徳の備わった人である。古人は三不詳があるという。一つは賢人の存在を知らないこと。二つ目は知っていても、働かせないこと。三つ目は働かせても、任せないこと。
これらのことについて、顕定様のご意見を伺いたいと思う。」

管領、上杉顕定は道潅状を握りつぶした。
「頭にのりおって。」
顕定は顔を真っ赤にして、周りに当り散らした。
顕定の周りを支える人たちも、管領家の力の衰えを感じていた。これまでなら、管領の威勢だけで、従わせていたことが通らなくなっていた。しかし、彼らは皆、管領の権威にすがって生きている人たちだった。管領、上杉顕定に真っ向から、意見をする人間など、これまでいなかったのである。それをした男が現れた。太田道潅だった。




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