太田道灌の話 “力の泉を求めて”

第六話 都留姫の輿入れ。

鎌倉では公方足利成氏の成人の儀が晴れやかに執り行われた。公方の顔がこれほどに晴れやかに見えたのは初めてのようだと付き添う誰もがそう思った。この成人の儀を境に、後見人である上杉憲実は管領職を息子の憲忠に譲り、隠居することを明言している。彼としても、公方の父、足利持氏を攻め、殺害した過去にこだわらずにはいられないのである。そして、扇谷上杉氏の当首である上杉持朝もまた晴れやかな顔をしていた。新管領となる憲忠は自分の娘婿なのである。晴れて、鎌倉府の中に自分の地位を築くことができるのである。だが、彼もまた、憲実と同じく、前公方持氏の殺害に加担している。だから、しばらくすれば、自分も嫡男の上杉顕房に家督を譲る予定である。だから、彼としても、できるだけ早く、鎌倉府の中に扇谷上杉家の地位を築いておきたいのである。

鎌倉府の新しい体制が動き始めると新公方の専横が目立ち始める。新しい管領も若く。公方を抑える力はない。新公方は側近の武士たちに、結城合戦で兄たちに味方した一族を積極的に採用したのである。特に、結城成朝・梁田持助・里見義実などが鎌倉府内で大きな力を持つようになる。そして、それに反比例するように、新公方は管領上杉憲忠を軽んじ始めたのである。その態度はあからさまである。この新公方の態度に上杉家の不満は高まる。特に、この噂が山内上杉家の本拠、上州平井城に伝わると、配下の武者たちはこぞって、新公方に我らの力を見せておかなければならないといきり立ち、爆発寸前なところまでに膨れ上がっていったのである。

大田資長と都留姫の婚儀はこのような雰囲気の中で進められていた。輿入れの日取りも決まり、都留姫を乗せた輿が上州平井城から鎌倉を目指して進み始めた。鎌倉では盛大な祝宴が行われる予定である。この輿を警護する名目で、長尾景仲をはじめとする長尾勢が前後を固める。その数は500。通常の輿入れの規模とは違う。さらに彼らは甲冑を着た戦支度で、長尾勢を総動員するような大軍勢が鎌倉に向かって進み始めたのである。

この動きに慌てたのが新公方足利成氏である。二人の結婚は当然、成氏にも報告され、許しを得ている。だから、今回の長尾勢の動きを止めることはできない。目的は祝宴に出席するためだ。それならば、なぜ、甲冑を着てくるのだ。「わしを討つつもりか。」成氏は自問する。「父の例もある。」鎌倉街道に向かわせた間者たちの報告はどれも、自分の不安を裏付けるようなものばかりだ。「長尾勢は多くが騎馬で、甲冑を着こみ、どこかに攻め入るような殺気が漂っております。」

長尾勢は荒川を超えるために動きを止めた。土手下の風の通るあたりで兵士たちは腰を下ろし、しばしの休息が与えられた。その時、白馬に乗った都留姫が土手の上をかけ、なじみの者たちに顔を見せたのである。都留姫としても輿の上の長旅に飽きたところだった。都留姫が笑顔を見せると、甲冑の武者たちの顔もほころび、手を叩き、歓声を上げたのであった。それは兵士たちを鼓舞することにもなったが、都留姫は、自分を育ててくれた多くの人達への感謝の気持ちを表したかったのだ。

都留姫の輿を守る長尾の大軍勢が鎌倉に近づくにつれて、鎌倉公方足利成氏の心は穏やかではない。その軍勢の数がどう考えても異常なのである。一般的な輿入れならば、せいぜい、その周りの従者は数十名に過ぎない。それもその半数は女性だ。だが、今回の輿入れには数百という騎馬武者たちが付き従っているのである。その軍勢が府中から多摩川を超え、瀬谷から、戸塚にはいり、鎌倉との境、化粧坂の切通しに向かっているとの報に、いてもたってもいられなくなった。わずかな供回りをまとめて、ひそかに江の島に脱出したのである。

都留姫の輿を中心にした長尾軍は鎌倉に入り、ひとまず、山内の上杉邸に入る。その時にはまだ、足利成氏が江の島に脱出したことを知らない。これだけの軍勢を長尾景仲が引き連れてきた理由は上杉家の武威を鎌倉公方に見せつけるためである。

太田邸では婚礼の準備のために姦しい時が過ぎていた。大広間には席が設けられ、上座には師長と都留姫が並んで座る場所も設けられている。都留姫は着替えなどのために、もうすぐ来ることになっている。資長がそわそわしているのを弟の図書が笑う。「兄者らしくない。」と図書が言う。都留の親族である長尾景仲などの主だった人々は鎌倉府で公方に挨拶をした後で、太田邸に来ることになっている。もちろん、長尾景仲にとっては、このご挨拶が目的なのだ。引き連れてきた武者たちで鎌倉府を囲み、威圧し、新公方に管領軽視の態度を改めさせなければならない。

資長が都留姫を見た。都留姫が微笑むのを感じた。「なんと、声をかければよいのか?」資長は「お疲れではありませんか?」という言葉が、“とても、会いたかったです。”などと言う心の叫びよりも先に出た。都留姫も同じだった。”私も、とても。“という心の言葉を押し隠して、「疲れましたけど、鎌倉はとてもよいところですね。」と答えた。そばには太田家に働く女性たちが新しい主人となる人の一言一句に聞き耳を立てていたのである。

時が慌ただしく過ぎていく。婚礼の時間がきて、太田家側の人々は着座して待っている。資清などは晴れがましくとも、笑うわけにはいかず、難しい顔をしている。だが、都留の父、長尾景仲の姿がない。長尾家の人たちが来ていないのである。公方とのやり取りに時間がかかっているのかもしれない。

そのような時、花嫁衣装に身を包んだ都留姫と先行してきた女性と子供たちが廊下を進んできた。これ以上、太田家の人たちを待たせるわけにはいかないと都留姫が決断したのだ。主賓の二人が座り、座がにぎわいだした。酒も出された。誰もが都留姫の父、長尾景仲が遅くなっている理由を察知していた。太田家を含む、上杉家のためなのだ。資長は長尾家側の下座に、可愛い子供が座っていることに気が付いた。都留に聞くと、都留はその子に目を移しながら、答える。「兄、景信の子で、景春です。ああ見えて長尾家の御曹司なのですよ。」「利発そうな子ではないか。」「そうねえ。利発と言えば、利発だけど、少し、無鉄砲なところもある子なの。」資長は子供の飲めるものをもって、景春に差し出した。「これからは縁者じゃ。よろしく頼む。」景春はきちんとした身なりをさらに整え「こちらこそお願いいたします。」と深々とお辞儀をした。

と、その時、太田家の使い番が資清に走り寄り、小声で何かを伝えた。資清の顔色が尋常でなくなったことで、何かが起こったことを誰もが察知した。資清が発する。「公方様が江の島に立てこもり、我らとの戦を企んでいる。長尾様は江の島に向かわれている。我らも急ぎ戦支度をして、江の島に向かう。」祝座から人が散り、急に静かになった。共に行こうとする資長に、資清が留めた。「そなたは、ここにとどまれ、決して都留姫様を退屈にさせるでないぞ。」景春が都留に一緒に行ってもいいかと聞いている。都留は黙って首を横に振った。座に残されたのは資長と都留と景春だった。資長は景春を手で招いた。そして、3人の静かな祝宴を始めたのであった。

江の島に攻め込んだ長尾勢と大田勢の前に、公方足利成氏は強硬な姿勢を崩さない、守りを固める公方に、長尾・大田の軍も攻めあぐねる。だが、その背後から小田持家、宇都宮等綱、千葉胤将らの軍勢が襲いかかったのである。鎌倉公方から事前の指示があったかもしれない。鎌倉の手勢を集めて、出撃してきたのである。戦いは自然に由比ガ浜へと移り、激しくなった。だが、前後を挟まれる形になった長尾、太田軍は不利だ。戦いが進むに連れて、長尾・太田軍の敗色が濃厚となり、敗走し、活路を求めて、上杉持朝の糟谷館(現在に伊勢原市)に逃げ込んだのである。


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