芭蕉のじいさん、旅に出る。


第15話 黒羽、大関藩と領内騒乱
芭蕉と曽良が那須の黒羽大関藩領内に入ると世情は騒然としていた。至るところに胡乱な集団が集まり、領内に入って来るよそ者を詮議して、ひと悶着を起こしていた。芭蕉と曽良は大関藩士とみられる集団と浪人者の集団との言い争いや小競り合いを避けるように道を進んだ。そして、那須の最初の目的地である。那須神社にたどり着いたのである。

「曽良さん、ここが那須の与一で有名な那須神社ですよ。その昔、征夷大将軍坂上田村麻呂という方が東征のおり、この地に八幡宮を建立されたのが始まりとされています。その後は、この地を支配する那須一族の氏神様になって、敬愛を深めていたそうです。そうそう、あの那須の与一さんも弓を引いたときに、那須神社の神様に、矢が的に当たりますようにと心で念じたそうです。それで、矢は見事、平家方の扇の的を射貫いたと言われています。楼門もあの東照宮の陽明門のような派手さはありませんが、風格と言うか、田舎には珍しいほどの貫禄を感じさせますね。」「でも、今では、大関家の氏神様になっているそうですが、なぜでしょうね。」「私が江戸で鹿子畑さんから聞いた話では。戦国の世、この地は那須7騎と呼ばれる那須本家を中心とする一族郎党によって、支配されていたそうです。大関家も、その一つだったんだけど、大田原氏と連携して、次第に勢力を強め、主筋の那須家をしのぐほどの勢いを持つまでになったそうです。決定的になったのは、関白秀吉さまの小田原征伐の時でした。すぐに秀吉さまのところに参じた大関家と違い、那須本家は最後まで、北条に配慮して、参陣をためらっていたそうです。それが秀吉さまの怒りに触れて、没落して行ったそうです。だから、那須神社も一時、大変荒廃してしまったそうだけど、大関家の先々代のころに、再建を果たされました。だから地元の人たちの神様と言う存在は変わらないのだけれど、どうしても、大関家の氏神様としての性格が強くなりますよね。」「那須氏のその後はどうなったんですかね。」「なんでも、名門家だから、上様のお引き立てもあって、大名家にもなっていたんだけれど、1年ほど前に、詳しい事情は分からないのだけれど、お取りつぶしなったと聞いていますよ」曽良は納得顔で答える。「ああ、お取りつぶしのことは、私も聞いたことがあります。それにしても、このご領内のこの物々しさは、一体、何が起こっているのでしょうね。」

那須神社から出て、しばらく行くと、芭蕉と曽良の二人は地元のならず者の集団に囲まれた。「やい、てめいたち。どこへ行くんだ。」曽良が師匠の芭蕉をかばうように前に立つと言う。「黒羽の鹿子畑殿を訪ねるところだ。怪しい者ではない。」「誰か、黒羽の鹿子畑を知っているか。」周りの者たちは顔を見合わせる。「権蔵さんはどうだね。」一人の男がその集団を束ねているらしき男に聞く。「やっ。」曽良が声を発する。「ありゃ。」頭らしき男も声を出す。「あの時の権蔵ではないか」曽良の声に権蔵が慌てる。「あの日光街道でお会いした・・・。」権蔵の声がもつれる。「追剥の権蔵ではないか。」と言おうとする曽良の言葉を権蔵がさえぎって、「ああ、あの時の旅人さんじゃないですか。」と言いながら、「この人たちは私の知り合いだ。鹿沼で命を助けられた恩人だ。さあ、さあ、みんなは下がってくれ。」と仲間をその場から遠ざけた。

権蔵は二人を木陰に誘うと「日光街道でのことはみんなには内緒にしていてくれ。」と頼み込んだ。曽良は「大した羽振りではないか。権蔵。」と揶揄する。「てえしたことはありません。ただ、この地に長く根を張っておりますと、自然とこのような物騒な時にはまとめ役になります。」「なんだ、その物騒な事とは。」「黒羽のお城から、お達しが来ているんですよ。なんでも、ご領内を荒らす者たちが徒党を組んで、入ってきているから、怪しげな旅人や浪人の集団が居たら知らせてくれと言うんで、あっしらはここで、見張っているんで。」

芭蕉の一行が那須神社を離れて、数刻が経った頃、神社前に二人の武士が立っていた。一人は磯山格之進で、もう一人は横田喜八郎と言った。二人は上州の馬庭念流の同門で、たまたま、日光で磯山が曽良を捜しているところに、出合わせたのだった。「良い話がある。」横田が磯山に切り出した。「今、旧烏山藩の那須資広様が腕に覚えのある者を集めている。上州の道場にも話が持ち込まれた。なんでも黒羽の大関家と言うのは那須家の家来筋にあたっていて、本来ならば、その領地を那須資弥様にお戻しにならなければならないのだそうだ。だから、談判を進めているというわけだ。ただ、それには多少手荒なこともしなければならないとのことで、我らを集めているのだ。もちろん、金も出すし、成就の暁には黒羽藩に召し抱えられることも夢ではない。わしは、その浪人衆を束ねていて、黒羽で一働きもした。だが、もう少し、腕のたつ者が欲しい。今、集まっている者たちでは弱すぎる。日光で磯山に会ったのは僥倖だ。おぬし以上に頼りになる者はいない。」ふたりは那須神社の社殿に詣でて、武運を祈ると芭蕉や曽良とは違う南への道、福原の玄成寺を目指して歩き出した。

お藤の鳥追い一座も土倉の名主からの誘いで、那須の地に向かっていた。頭が言う。「あの曽良とかいう男を追って、那須に来たようで、気が向かんのだが、土倉の祭りにぜひ今年の豊作を祈願してくれと言うので、仕方がなかったのだ。」お藤は遠い空を見ながら答える。「何を言うんですよ。お頭。私はお頭の女ですよ。」

芭蕉と曽良が黒羽に着き、権蔵の案内で、鹿子畑家を訪れた時に、主の鹿子畑豊明は留守であった。芭蕉の「江戸から参った。」という言葉に、鹿子畑家の一同は緊張した面持ちとなった。「主の翠桃殿はおられるか。」という曽良の言葉に怪訝そうにお互いの顔を見合わせる。「あのう。」お内儀らしき女性が恐る恐る尋ねる。「江戸のお方とお聞きしましたが、主とはどのようなご関係でしょうか。」芭蕉と曽良も顔を見合わせる。曽良は芭蕉を指し示しながら、「こちらは松尾芭蕉翁と申し、俳諧の師匠であります。鹿子畑豊明殿も、俳号を翠桃と称されて、私同様、師の門下であります。鹿子畑豊明殿が昨年、江戸を立たれる折に、兄の高勝殿と共に、芭蕉庵を訪れ、国元が心配であり、至急黒羽に帰られねばならなくなったと申され、それとともに、出来れば、黒羽においでいただけないかと師匠を誘われました。」黒羽藩では俳諧は藩士の間で人気があり、鹿子畑家の人たちも俳諧は知っていたし、今の話から芭蕉と名乗るじいさんが偉い俳諧の師匠なのだということは理解した。

鹿子畑家の下男の彦造が顔見知りの権蔵を家の裏へと引っ張っていった。「権蔵、あの二人は確かな人たちなのか。」「俺も知らねえ。街道で張っていたら、鹿子畑家へ行くというので、ご案内したんだ。」「奥様は、『江戸の偉い方のようだから、鹿子畑様が帰ってくるまで、客間で待っていてもらいましょう。』と言っているけれど、この物騒な時期だ。心配でならねえ。豊明さまからも、今は不審な者は一切、我が家に入れてはならないと言われている。何かあったら、人手も居る。権蔵。済まんけど、あの偉い人の案内役だと言って、しばらく、ここにいてもらいてえ。特に、あののんびりした俳諧師匠は大丈夫だと思うが、供だと言う男は信用できねえ。」権蔵も言う。「確かに、あの男は怪しい。」

その夜、夜半まで、客間を見渡せる庭の植木の陰に、権蔵と彦造の二人の姿があった。夏になろうとするころとはいえ、那須の夜は冷える。寒さになれている権蔵はともかく、彦造は震えている。「大丈夫か。」と権蔵が声を掛けるが、「大丈夫だ。」と彦造はやせ我慢を続ける。その気配を曽良は敏感にとらえていた。襲ってくるという様子はないが、どのようなことが起こるか分からない。緊張をほどかない。一方、師匠の芭蕉は違う。久しぶりに旅装を解いて、くつろいでいる。家の女中から「お風呂をどうぞ。」と言う声に、「かたじけない。」と言いながら、廊下へと出て行った。曽良が一人になった客間への探るような気配はまだ消えない。曽良はつぶやく。「やはり、私へのものか。」

(注)鳥追いのお静さんは本人の希望で、お藤と改名いたしましたので、ご報告いたします。


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