芭蕉のじいさん、旅に出る。


第12話 日光
日光の須田屋という旅館の主の名は五左衛門という。当人が厚かましくも言うのである。「私の名は五左衛門というのですが、世間の皆様は私のことを仏の五左衛門と呼んでおります。まあ、これまで正直一辺倒で生きてまいりましたから、世間の皆様が、私のことを、そのように呼んでいるのでしょう。」紀文は大行に、「そうでしょう。そうでしょう。御主人の物腰を見ていると、皆様から、そのように言われるのも成程と思いますな。」と心にもないお世辞を言う。それに五左衛門は謙遜するどころか「紀伊国屋様からもそう言われますと、ますます、鼻が高うございますよ。」と笑う。「この宿の主はこのような方ですから、私たちもご安心して泊まらせていただくことができます。日光の宿をここに決めたのも、ご主人のこのようなお人柄に惹かれたからですよ。」と芭蕉や曽良に言い聞かせる。芭蕉と曽良は顔を見合わせる。芭蕉の顔も曽良の顔もうんざりとしたものになる。自分で自分を褒める人間ほど信用できないものはない。少なくとも、俳諧の世界では下の下であると芭蕉は弟子たちに諭している。そう諭しているはずの弟子の紀文が追従しているのが気に入らない。ただ、芭蕉も、そのことをあえて口にしない。あまりに渋い顔をして、今日の料理に差し障っても困るのである。芭蕉たちが通された部屋は須田屋でも、宿から少し離れた別棟にあり、去年まで先代の五左衛門が生活していたところであった。事前に、文左衛門から依頼されていたこともあって、用意は滞りなく整っていた。江戸からの荷物も届いているようで、紀文はその荷物を開け始めていた。紀文が五左衛門に特に注文していたことは自分がここに逗留していることを、須田屋の人たちにも伏せて置いてくれと言うものであった。それほど隠密に奈良屋の工事を見分したかったのである。だが、その時、すでに、今市の須田屋分家の入り口には、“紀伊国屋文左衛門さま、お泊りの宿”と大書した垂れ幕が掲げられていたことを紀文は知らない。

曽良は自分が狙われているということに確信を持ち始めていた。師匠が他人から恨まれることは多少あったとしても、殺し屋を差し向けられるようなことはあるまい、ならば、自分だ。山賊を装ってまでして、襲うとしたことが物語っているではないか。曽良は芭蕉に、明日の日光礼賛には、僧衣で参りたいと告げた。芭蕉も怪訝に思ったが、曽良の、「何といっても、東照宮は神君家康公をお祭りしているところなので、気を引き締めるためにも、用意してきた僧衣で、お参りしたいと思います。」というので、納得することにした。

その日はゆっくりと須田屋の用意した食事をし、風呂に入り、暖かい布団に包まれて、眠った。芭蕉と曽良の二人には紀文とは全く違う料理が出されたのだが、二人の、これまでの旅行時の食事に比べれば文句のないものだった。それなりのもてなしがされていたので、別室から聞こえてくる笑い声にも、それほどに気に留めることもなかったのであるが、朝になり、自分たちの食事があと回しになり、相変わらず、紀文は別室で、須田屋五左衛門とひそひそと打ち合わせ話をしている様子に、腹の虫がうなり声をあげた芭蕉が、別室に声をかけた。「紀文さん。」

別室のふすまを開けた時、二人は神妙な顔つきで、絵図面を見比べていた。「こちらには朝食もないようですからね。私たちはこれから出発しようと思いますよ。」仏の五左衛門がにこやか顔を浮かべる。「そうですか、お構いもせずに・・・。」紀文も「私たちは東照宮の修繕模様を見なければなりませんからね。師匠、無事なご旅行をお祈りいたしますよ。」と言ったきり、二人の前の絵図面を見ている。芭蕉は曽良と顔を見合わせる。風流人としては言いたくなかった言葉が出る。「紀文さん、お金、4両返して下さいよ。」

芭蕉と曽良が宿を出た時に、紀文も宿の者も誰も見送りに出てくることは無かった。紀文と五左衛門の二人はこれから紀文が行う工事見分のことに夢中だし、他の宿の者たちは彼らを特に宿の客とは思わなかった。離れは宿の客とは違う主人の親しい人だけが使っていたからである。芭蕉と曽良は急いで、日光の茶店を捜す。とりあえず、何かを腹に入れなければ、腹の虫が鳴き止まなかったからである。「昨夜の料理は私たちには上品過ぎたかもしれませんね。」と芭蕉が言った。

日光東照宮へと向かう俳諧師匠の旅姿の芭蕉と黒い僧衣を身に着けた曽良の二人は連れだって歩くことを辞めた。曽良の提案である。俳諧師の芭蕉と僧衣姿の自分が連れ立って歩くのは奇異に映ると訴えたのである。曽良は菅笠を被り、顔を隠し、さらに自分を消していた。

日光は二荒山の地である。フタラと読むが、その昔、弘法大師がこの地を訪れ、二荒を音読みして、ニッコウ、それから当て字をして、日光と改めたという。
参道に入り、遠くの緑の木々の間から、社殿の屋根が見え隠れする。あれが日光東照宮か、期待で、胸がわくわくする。天下を安堵する神君家康公の御霊を祭るところだと曽良も荘厳な気持ちになっている。芭蕉は足を止めて、曽良を待ち、振り返る。

あらたうと青葉若葉の日の光 はせを

僧体の曽良も句を詠む。

剃捨て黒髪山に衣替え 曽良

芭蕉の機嫌も、大きな石鳥居を過ぎ、左手に五重塔を見るころまでは良かったのだが、表門をくぐり、左甚五郎の有名な三猿が飾られた神厩舎の近くに行くに従い、不機嫌になっていく。どこもかしこも工事、工事で、無粋な布が建物を覆つていたからである。あの憧れて、やまなかった陽明門も布地の間に、そのきらびやかな姿をわずかに見せるだけなのである。「これでは、何のために、はるばる江戸から来たか分かりませんね。」芭蕉と曽良は有名な眠り猫を見て、鳴き龍の声も聴いたが、周りの工事の槌音に、「静寂さの中で、この東照宮の華麗な美しさを見たいと思っておりましたのに、静寂さのせの字もありませんね。」という芭蕉の言葉通り、何かあわただしく、それが芭蕉の機嫌の悪さを増幅させていた。

そのころ、奈良屋の太七と別れた磯山格之助も日光にいた。太七が最後に言った「腕が治っても、五分と五分」という言葉が剣豪の気持ちにひっかかったのである。「右腕に礫が当たってさえいなければ、あの男に負けるはずはなかったのだ。」それを太七に示してやらなければ、自分の気持ちが収まらぬ。「奴らは日光に行ったはずだ。わしはもう、紀文などどうでもよい。あの河合宗五郎と名乗った、あの男との決着を果たさねばならぬ。」並々ならぬ決意で、日光に来たのである。だが、磯山は太七という耳や目を失っていた。当てもなく、日光をうろついていても、茶店の縁台に腰かけて、長い時間を過ごしていても、人の交わる道端で、腰を落として待っていても、目指す3人の姿を見つけることはできなかった。そして、ついに諦めて、上州へと歩み始めた時に、磯山の横をぷりぷりした顔の芭蕉が通って行った。

曽良は師匠の機嫌が悪いので、少し離れて進んでいた。磯山は芭蕉を見て、“おや”と思った。どこかで見た顔だと思ったが、3人組の一人とは思わなかった。一人だったからだ。それに、芭蕉は磯山にとって、捜す3人の中でも、最も印象の薄い男であった。さらに言えば、少し離れたところを歩いていたとはいえ、曽良が僧衣ではなく、元の町人姿ならば、絶対に見逃すことはなかったのだが、芭蕉に“おや”と思っても、曽良に“おや”とは思わなかった。だが、曽良の方は磯山に気が付いた。すぐに気を消したが、一瞬の気のふくらみを磯山は“おや”と感じ取ったのだが、気を発した相手が僧であるとは思わなかった。そして、それ以上の出来事が磯山を襲ったのである。女がぶつかり、しばらくして、懐の財布が無くなっていたのである。



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