芭蕉のじいさん、江戸に住む。


第10話 黒羽・大関家異聞

黒羽の大関家は外様大名でありながら、将軍家ととても親しい家柄で知られる。もともとは藩祖左衛門督資増公が関が原前夜、北の上杉軍の進行のうわさに動揺する関東緒公の中にあって、敢然と徳川方への旗手を鮮明にしたことにある。それが徳川家康の高い評価を受けた。だから、下野黒羽2万石という小藩でありながら、徳川家との縁戚にもなり、関東平野への出口を守る拠点として、大事にされ続けたのである。ところが、この黒羽藩に藩断絶の危機が何度も訪れる。最初の危機は藩祖資増公に子がなかったことだ。資増公が32歳の若さで亡くなると、跡目を甥の政増公が継ぐことになったのだが、その政増公もまた、26歳にして、突然に身罷り、藩は廃絶の危機を迎えたのである。このときは、三代目として、高増公がわずか6歳で家督を継ぐことを許され、何とかこの危機をのりきることができたのであるが、この悪夢は黒羽藩士にとって、忘れぬことが出来ない出来事であった。これが黒羽藩に伝わるのろいである。

黒羽藩の不吉なのろいが再び、頭を持ち上げたのは暮れも押し迫る頃であった。藩主の大関増栄と跡継ぎの増茂君が相次いで、亡くなったのである。藩内に過去の呪わしい出来事が甦った。主筋にあたる那須家をないがしろにしたせいだとまことしやかに語られ、そのために「わが藩は恐ろしいのろいにかかっている。」といううわさが藩内を駆け巡った。そして、そのようななか、鹿子畑高勝・豊明兄弟に大事な使命が託された。それは残されたわずか4歳の増恒君を将軍家に跡取りとして、認めてもらうこと。そして、何よりも動揺する藩内を落ち着かせることであった。高勝は大関家と将軍家との縁戚を総動員して、藩存続のために動いた。けれど、暗雲は続いていた。藩内の動揺は鎮まることを知らず、国もとの黒羽から早馬が来て、城代家老浄法寺茂明が心労のために、倒れたとの知らせを伝えてきた。茂明は高勝の伯父にあたった。将軍家への工作はゆきづまっていた。黒羽の地を狙う勢力が幕府の中で活発に動き回っていた。改易を受けた大名の数は多く、そのいずれもがお家再興を働きかけていた。関東の地から外様大名を一掃する絶好の機会だと言う者もいた。だから、なかなか、承認の宣下はおりなかった。そして、幕閣での議論は改易へ傾き始めていた。

豊明が憔悴している兄、高勝のことを芭蕉に話をした。芭蕉はしばらく、黙考していたが、「高勝殿を助けなければ。」と立ち上がった。芭蕉は豊明にこう言った。「句会というのは、心を自然に合わせなければなりません。いわば、神事です。句会を開き、神に祈るのです。大関家の安泰と神のご加護を。句会はあくまでも、神に祈るための儀式だと皆様に説明してください。」

「豊明殿は、私がかつて、宝井其角へ井原西鶴について、こう話したことを覚えていますか。私があの男の一番気に入らないところは俳諧を茶化すことです。面白さは文学の中には必要です。でも、それと茶化すこととは違うのです。一晩で、23500句も詠んだと自慢していますが、それなどは俳諧を馬鹿にしている何物でもありません。俳諧自体を愚弄しているのです。私は神田上水の工事では、身を清め、心を自然と同化させて、句を詠み、工事の出発と致しました。それほどに、句には自然を動かす力が備わっているものなのです。心を自然に調和させれば、雨も降らせることができ、恵をももたらすことも出来るのです。」

高勝は全ての手を尽くし、今はただ、待つしかない身となっていた。答のないことは不安を増すのだ。藩内の不安はすべて高勝に向かってきた。藩士たちの問いに答える材料は無くなっていた。「しばし、待て。」といえば、「いつまで待つのだ。」という問いがはね返ってきた。それが答えられるくらいなら、これほどの心配はしていないと憮然とした顔で、高勝は天井を仰いだ。そのとき、弟の豊明が話して良いものかどうか迷うと言いながら、芭蕉の提案を高勝の耳に入れた。

普段なら「気が狂ったのかと。」一喝するところだったのだが、このときは高勝自身が気を狂わせていた。「やろう。」と力なく頷いた。

芭蕉は小春日和の、清涼な風の吹く日を選んだ。そして、身支度を整え、大関家の客間に入った。芭蕉は江戸屋敷の全ての襖を開かせ、藩士たちから、句会が見えるようにせよと指示した。氏神である那須神社の方角に黙礼し、豊明が空に向かって弓を鳴らして、その儀式が始まった。芭蕉は朗々と大関家の安泰の願う句を声高々に詠み始めたのである。そして、24句目を詠み終えたとき、一陣の風が屋敷の中に流れ込んだ。芭蕉はこのときを待っていたようだ。「大関家の願いが、今、那須神社の御神に届きました。」そう言って、句会を終えたのである。

けれど、不思議なことであった。それまで、藩士の中にくすぶっていた不安が消えた。那須神社は主筋の那須家の代から続く、那須地方の総ての人の守り神だった。神が我々を救ってくれる。これで、主筋からの怨霊も消える。そんな安堵感が藩内を支配し始めた。そして、年が明けると、黒羽藩に将軍家から待っていた知らせが届いた。増恒君への家督相続が許されたのである。

芭蕉庵に鹿子畑高勝、豊明兄弟がやってきた。二人とも、黒羽藩自慢の騎馬姿だった。黒羽藩は戦国時代、那須の山中を駆け巡った勇猛な藩士で支えられていた。明らかに、関東平野の農耕を主とする一族とはことなり、馬を駆使して、南の宇都宮氏や北の伊達政宗などと戦いを繰り広げたのである。だから、馬術は、那須の与一以来の弓術とともに、この藩にとっては、最も得意として、受け継がれてきたものだった。勿論、武田の騎馬隊のように、組織化された部隊ではない。個人、個人の騎馬術こそが黒羽藩士の誇りだった。

二人が芭蕉庵を訪れたのは、近々、黒羽へ帰るという挨拶のためのものであった。「あのときは大変、お世話になりました。まさか、宗匠があのようなことをされるとは思ってもいませんでしたから、最初は驚きました。けれど、おかげ様で、藩内は落ち着き、また、お世継ぎも認めていただくことが出来ました。」芭蕉も心の底では俳句にそのような力があると思っているわけではなかった。けれど、伊賀の里では心を自然に合わせて、祈ることによって、不思議な力を得る術が伝わっていた。それを今回は俳句に応用したのである。でも、うまくいってよかった。芭蕉は内心ではあのような大胆な行動を取った自分自身に驚いていたのである。芭蕉としては、高勝殿のために、少しでも、藩内が冷静になれればよい。そのための時間稼ぎが出来ればそれで十分だと思っていたのである。

「実は、今回の功績もあり、兄は浄法寺茂明殿の養子となり、黒羽の城代家老になることになりました。」豊明が言った。「それで、兄のあとの鹿子畑家を私が継ぐことになりました。」「それはおめでとうございます。」と芭蕉はお祝いを述べたが、それでは、江戸がまた寂しくなるなと思った。お金をねだる先が又一つ減ることになるのだ。
「それで、落ち着きましたら、手紙を書きますから、宗匠には、是非、黒羽へお運びください。黒羽は風向明媚なところで、きっと気に入られることと思います。また、近くには仏頂禅師がご修行をされた雲厳寺もあります。住職の津田源光殿は私の妹を妻としております。ですから、何事も便宜を図ることが出来ます。」高勝はしきりに、芭蕉に、黒羽行きを薦めた。


第11話 八百屋お七

今年はずいぶんと雨が降っていない。この日も冷たい風が吹き荒び、乾ききった江戸の街に土埃を巻き上げていた。人々は家にこもり、通りを歩く人の姿もまばらであった。正仙院の寺小姓生田庄之助はいきな縮みの小袖をまとい、今、あってきた女のことを思っていた。八百屋のお七だ。あれは駒込大円寺から出火した火事のあとでのことだった。檀家の八百屋市兵衛の一家が正仙院に避難してきた。そのなかに17歳のお七がいた。愛狂わしい娘で、いかにも両親に可愛がられている娘らしく、ひと目で、庄之助の心をとりこにした。いつもは醜悪な坊主に抱かれる身であったが、このときはこの娘を抱きたいと思ったのだ。庄之助は密かに、文を書き、お七に渡した。今日、夜会おう。お七は身奇麗な衣装に身を包んだ庄之助に顔を赤らめた。初めてのことだった。男と会うことがどういうことになるかも分かっていなかった。そして、その夜、お七は庄之助に抱かれた。そして、庄之助は坊主や八百屋市兵衛の目を盗んで、お七との逢瀬を楽しんでいたのだった。

「お銀さん、眼次郎をやったわっぱの名まえが分かったよ。正仙院の寺小姓で、庄之助というやつですよ。」お銀にはもう相手がだれであったなどどうでも良いことであった。けれど、名まえが知れると眼次郎の無念を晴らしたくなった。「どうしたら意趣返しができるんだろうね。」その話をもってきた太助にも思い浮かばなかった。ただ、あのわっぱが女遊びをしているという噂を聞いていた。生意気な奴だと思った。そう思うと許せなくなった。「噂だけどね。あの庄之助という寺小姓、どうも八百屋のお七さんと恋仲らしいんだよ。」

お銀は眼次郎を殺した相手が分かって、黙ってはいられなくなった。飛びだすように駒込の正仙院に向かった。「やい。うちの眼次郎を殺した庄之助という餓鬼を出せ。」お銀は門前で怒鳴った。「わしの大事な眼次郎を卑怯な手で殺した庄之助というわっぱをだせ。」
お銀には、あの庄之助の行ったひきょうな戦法が許せなかった。相手を油断させて、わしから一分金を取ったうえに、大事な眼次郎を殺したのだ。やるなら堂々とやれ。汚い手をつかうな。それがお銀を今でも悔やませていることであった。堂々とした戦いならば、わしの眼次郎が負けるはずがなかった。「小汚い手を使う庄之助という奴をだせ。」お銀は尚を叫び続けた。たまりかねた寺男が出てきて、お銀を追い出しにかかった。「この寺には庄之助などという者はおらん。」「じゃあ。何処にいるんだ。」お銀も負けてはいない。寺男はめんどうくさそうに言い返す。「知らん。そんな名の者はここにはいない。早く帰れ。帰らんとたたき出すぞ。」「ふん。こっちは庄之助という餓鬼が影でどんな悪さをしているか。知っているんだ。本郷の八百屋へ行って、お七とかいう小娘に聞いてやるだ。」

お銀は寺からたたき出されたことで、ますます腹が立った。このままにしておくものか。向かった先は本郷の八百屋の店先だった。「やい。お七とかいう娘はいるか。」お銀の剣幕に、店の者は異常を感じた。主人の市兵衛も奥から出てきて、早くつまみ出せと番頭たちに叫んだ。お銀はそんなことはかまわなかった。主人の市兵衛を見つけると「お前の娘は、正仙院の庄之助とかいうガキとねんごろの仲というじゃないか。その庄之助というガキがうちの猫の眼次郎を殺したんだ。娘に聞いてくれ。庄之助とかいうガキが何処にいるか。」「そんなことは知りませんよ。言いがかりをつけるのもいい加減にしておくれ。さあ。このばあさんを早く追い出すんだよ。」主人の市兵衛は動転する心を隠すこともせず、店のからお銀を力ずくで、追い出した。「二度とくるな。」番頭の一人が吐き棄てた。

お銀はとぼとぼと歩き続けた。結局、庄之助に行き着くことはできなかった。「眼次郎が戻ってくるわけでもなし。」先ほどまでの勢いはすでに失せて、再び悲しみが襲ってきた。心は疲れはてて、お銀は石戸神社脇の自分の店へと戻る道を選んでいた。

一方、お銀の去った本郷の八百屋の中はひと騒動が持ちあがっていた。娘のお七が訳もわからない男と逢瀬を繰り返している。主人の市兵衛の頭の中は真っ白になっていた。お七に詰問すると、お七は泣きながら、そうだと答えた。「お前は知っていたのか。」と妻に怒鳴りつけた。知っていたのは、駿河から付き添ってきたばあやで密かに手引きをしたとのことだった。ばあやはお七の庄之助への熱い想いを何とかしてあげたいと思った。時が過ぎれば、この恋も冷めるだろう。それまでの小さな火遊びだ。そう思って、お七のために、労をとったのだった。

市兵衛の怒りは収まることを知らず、お七とばあやは別々にされ、ばあやは駿河に返された。そして、お七には屈強な男たちが監視についた。もう、お七からは庄之助に連絡を取ることは不可能になった。逢えなくなると、それだけ、お七の心が揺れた。会いたいという想いがますます、孤独の心を燃やし続けた。お七の妄想が、庄之助と会っていたときのことを鮮明に甦らせた。あれは火事の時だった。私は両親に連れられて、正仙院に行った。そこで、庄之助様にあった。きれいな着物を着ていた。細面の白い顔が夜陰の中のろうそくの炎の中に浮かんでいた。炎。火事になれば、また、私は正仙院にいけるかもしれない。そうしたら、庄之助様にまた会うことができるかもしれない。お七はげらげらと笑った。監視の男たちが襖を開けた。その男たちに、お七は言った。「私を庄之助様のところへ行かせて。」男達は黙って、襖を閉めた。その背に、お七の声が飛んだ。「連れて行ってくれないなら。私、付け火をしてやる。」そう言って、お七はうなだれた。馬鹿なことを言ったと思った。付け火は重罪なのだ。出来るはずがなかった。火事が近くでおこってくれないかしら。でも、そんなことが起こるはずがなかった。誰もが恐れる火事を待ち望むなんて、なんておかしな私なのでしょう。みんながこれだけ、火元に注意しているのです。火事なんて、そう簡単に起こるはずは無いのです。

天和3年3月2日の夜、本郷追分片町で火災が発生した。折からの強い風にあおられて、火は江戸の町を嘗め尽くし、大川を越えて、深川にも飛び火し、芭蕉庵にも迫ってきた。芭蕉は大川越しに、燃え上がる江戸の町を見ていた。芭蕉にとって、火事ほど怖いものは無かった。せっかく時間をかけて、造り上げてきた家が一晩で無くなってしまうのだ。どうしよう。どうしたらよいのだ。慌てふためいてはいるが、そこには何もしていない自分がいた。

「よく、燃えるね。」急に、丸顔の男が近づいてきた。その丸顔の男は言った。「まてよ。これだけ火事が起こるんじゃ。材木はいくらあっても足りないじゃないか。食べるものと住むところ。それはいつの時代でも必要だ。なぜ、俺としたことが今までそんなことにも気がつかなかったんだ。」芭蕉は身勝手な言い方をする男に怒りを覚えた。なんて奴だと振りかえって、その男の顔をにらみつけた。男は自分の言ったことを口の中で、繰り返し、人に教えてやることではないなと舌打ちをした。だが、芭蕉にも、その男のことなど、気にかける余裕の無くなることが起こり始めていた。男は振りかえりながら言った。「おっと、爺さん、お前さんとこのあばら家も燃えているぜ。」

さすがの大火も収まり、火は付け火だという噂が広まった。火が出たところが本郷の八百屋近くであったこともあり、普段から「火をつけてやると。」と騒いでいたことも手伝って、犯人は八百屋のお七だということになった。そして、当初、お七自身も、それを否定しなかったことから、犯人はお七だということになり、江戸市中を引き回され、鈴が森で火あぶりの刑にされた。そんなお七を庄之助は隠れるようにして、見ていた。「馬鹿な女だ。」そう、口には出したが、引き回されるお七を見たときに、胸がつぶれた。確かに、お七は自分を見つけたのである。そして、聞こえない言葉で、庄之助に言ったのである。「庄之助様にやっと会えました。」そして、「でも、私、付け火なんてしていない。」


第12話 甚平桜

甚平さんの桜が咲いた。お銀と太助が来た。梅乃につれられて、芭蕉と桃印もやってきた。
お銀と太助はまず、甚平桜の袂の眼次郎の墓に詣でた。二人は招き猫の売り上げを得るようになって、眼次郎の墓詣でを絶やさない。お銀もそうであったが、太助も眼次郎が自分を一人前の焼き物職人にしてくれたと感謝しているのである。

芭蕉は一句ひねる。「花の雲鐘は上野か浅草か。はせを」梅乃が茶化す。「芭蕉のおじさん。鐘の音なんて、どこからも聞こえてきませんよ。」ここにいる連中には、自分の句の素晴らしさが通じない。想像の世界に酔う文学の創作性を理解できないのだ。唯一、勉強させている桃印さえ、芭蕉の句に興味を失い、ゴザの上に並べられたお銀特製のお重の中身に夢中だ。酒は梅乃が持ってきた。何でも、お客が残していったものだという。豪華な酒盛りが始まった。

この日は芭蕉庵の再建のお祝いでもあった。芭蕉庵は八百屋お七の火災で燃えてしまった。住むところを失った芭蕉は普請方の松村市兵衛の誘いで、しばらく甲府に身を寄せた。しかし、しばらくすると江戸が恋しくなった。そして、再び、江戸の人となった。芭蕉は一生懸命、伝を頼って、芭蕉庵の再建に奔走した。芭蕉が頼んだのはもっぱら、曾良さんのような金の無い人達だった。曾良は言う。
「芭蕉師匠。何で貧乏な私に無心をして、あの両替商で、三井の番頭、志太 野坡さんなどに頼まないのですか。師匠は鯉屋さんなど、大金持ちを弟子にしているじゃありませんか。あの人たちに頼んでくださいよ。私に頼むより。」「それはね。」芭蕉は答える。「あの人たちに頼んだら、あの人たちは二度と私に近づいてはこないだろうからね。逆に、お前さんなら、多分、貸した金が心配で、始終、私のところに来てくれるからだよ。それに、不思議なもので、私が生活に困らなくなれば、また、あの大金持ちの人たちが私を援助してくれるのです。それで、曾良さん。あなたにお金を返すことが出来るんですよ。」その芭蕉庵は宝井其角などの尽力で、前の芭蕉庵に程近い場所に再建された。そして、今日は芭蕉庵再建のお祝いとお花見を兼ねて、甚平桜の下に集まったのである。だから、しばらくすると鯉屋も来たし、其角も、野坡も、曾良もやってきた。野坡の手には長命寺の桜餅が握られていた。それを見たみんなが歓声をあげた。

紀文が見慣れぬ若侍を一人連れてやってきた。梅乃が知らせていたらしいが、みんなが紀文を歓迎したのは、その手土産だった。酒もあったし、肴もあった。多分、紀文はその若侍のために用意したものだろうが、そこに集まっている人たちは遠慮が無かった。そんな雰囲気を紀文も、また、その若侍も楽しんでいるようであった。紀文は若侍を「萩原様」と呼んでいた。紀文は梅乃の前で、ぬけぬけと「萩原さま、いつか、この文左衛門。大もうけをして、萩原様を吉原の芸子総上げのご接待をさせていただきますよ。」と言ったりした。紀文はどうやら、この若侍の将来に期待を寄せているようであった。

「芭蕉さん。」紀文が酒に酔った勢いで、芭蕉に自慢した。「この萩原重秀さんという方はすごい方ですよ。今のこの不景気は貨幣の量が少ないからだと見ていらっしゃる。だから、小判や大判をもっと市中に出回らさなければならない。でもね。芭蕉さん、この人は佐渡まで出かけて行ったそうだけど、もう金が出なくなったことが分かって、普通なら、困ったと言って終わるところ何だけど、この萩原さんときたら、『小判などは瓦でも良いのだが、そうもいくまいから、金と銀の割合を変えて、小判の数を増やせばよいのだ。』とおっしゃているんです。大胆な方でしょう。」紀文はこの萩原重秀という男に傾倒しているようだ。「重秀殿は、貨幣などというものは、損傷が少なく長持ちするものなら、そこに幕府の捺印をつけて、流通させればよい。流通する貨幣の量が少ないものだから、大商人の皆さんが、自分の蔵に千両箱をいくつも溜め込んで、ますます、一般の人たちには回ってこない。金は本来、天下の回り物ですから。人が信用するなら、紙でも何でも良いと。つまり、貨幣は人の信用さえ得れば市中に出回る。それだけのものだとおしゃているのですよ。」曾良が不信そうに言う。「瓦って、土から出来ているんですよね。それじゃあ。ありがたみがないですよ。」「それなら、ありがたみというものをもたせたら良いのだ。」重秀という侍が言った。「幕閣の中にも、学者の中に、貨幣は金銀でなければならないという馬鹿が多くてな。」「そういえば、木下順庵先生の門下の新井伝蔵という人が重秀さんの考えを批判していました。」紀文が重秀のうわさを披露した。「ああ、あの白石という石頭か。あの馬鹿はどうにもならない御仁じゃ。昔が良い。昔のことを守ることしか頭にない。だから、我々の暮らしが生きていて、一刻一刻変わっていくことを知らないのだ。つまりだ。あの御仁の考えを推し進めれば、形式にとらわれ、庶民の暮らしをないがしろにすることになるのだ。」この重秀から、鯉屋と野坡が責められていた。「お前たちが、蔵に金を貯め込むから、わしらは苦労するのだ。」鯉屋と野坡はいやな顔をした。しかし、二人とも、商売に通じた人たちだった。「でもね。萩原様。私たちだって、儲けなければなりません。いざというときのためにお金は蓄えて置かなければ、商いをする商品も買うことも出来ないのです。」馬鹿なことを言うなと若侍は相変わらず持論を展開した。紀文もどちらかといえば、この萩原という侍の考えを支持しているようだった。若侍は言う。「とにかく、江戸の庶民の生活を円滑にまわしていかなければならないだ。その潤滑油のお金の量が足りないから、この世はこんなに不景気になっているのだ。そんなことも分からないのか。」

芭蕉とお銀と甚平、太助たちは自然とその論争の輪から外れた。片方で、激しい議論が展開されていた。梅乃はそんな知識も無いはずなのに、しっかり、話の中にいた。見事なものだ。
芭蕉が曾良に言う。「曾良さんや。奥州に旅立ちをしてみませんか。これからは地方の時代です。江戸にばかり、しがみついていてはいけません。夢は枯れ野を駆け巡るのです。それに、黒羽では浄法寺殿が待っています。」
「あ〜、お師匠さんはまた、そのようなことを言う。今度のお供は路通さんなんかどうですか。宗匠のお気に入りじゃないですか。」芭蕉は残念そうに曾良を見る。「そうなんですよ。私も路通を供にしたかったんですよ。でもね。鯉屋をはじめ、みんなが路通のようないい加減な男では駄目だというものですからね。路銀も鯉屋さんたちに頼まなければならないのですから、仕方がないのですよ。それにあなたはいつも江戸を離れたいと言っていたじゃないですか。」「えー、そんな。なぜ。私でなければダメなんですかね。私は、もちろん、江戸の町を悪く言いましたよ。言いましたけど、憎くて言ったんじゃありませんよ。好きなんですよ。江戸が。悲しいですよ。奥州といえば、とても遠いところです。生きて帰れるかどうかもわかりません。お別れになるのですよ。この江戸と。それを考えただけでも、涙が出そうになりますよ。」



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