芭蕉のじいさん、江戸に住む


第4話 梅乃

振袖の大火から25年の月日が過ぎて、江戸の町も大きく変わろうとしていた。両国橋が出来て、江戸は東へと新開地の開発を始めていたのである。深川の冨岡八幡では相撲の興行も行われるようなり、向島や本所などへは幕府の命令で、大名屋敷や旗本の屋敷などもぼつぼつと建てられ、移り住むようになっていた。大商人が深川の大川のほとりに別邸を建て始めたのも、この頃で、梅屋敷などが評判を呼んでいた。だが、何よりも、本所や深川が人々の関心を集めたのは、江戸町奉行所の厳しい取締りから離れて、女たちとの気軽な秘め事が許される場所であったからだ。このころの江戸は圧倒的な男社会だった。全国から参勤交代で集められた武士が若い身体をもてあましていた。そして、その地を預かる本所奉行所といえば、番士の数も少なく、監視の目が行き届くはずもなかった。深川八幡近くの芸者衆はもともと、本所の漁師の娘たちが小遣いかせぎに始めたものだった。だから、吉原の芸者などと比べれば、芸も色香も落ちた。でも、落ちた分だけ、手軽に遊べた。それに、人気を博したのはその気風(キップ)だった。吉原のように、芸者小屋に縛られてはいなかったから、それだけ彼女たちには自由があった。だから、気に入らなければ、男を袖にした。障子に小さな穴を開けて、女たちが客を値踏みした。そんな気風が評判を呼んで、彼女たちは江戸の男たちの心を捉えたのである。そして、この地が江戸城から見て、辰巳の方向に当たっていたことから、そこの芸者衆を辰巳芸者と呼ぶようになった。もちろん、時代が過ぎると彼女たちの出身も複雑になり、周辺は夜鷹と呼ばれる安売春の群れも多くなって、名まえだけが一人歩きするようになるのだが、この当時はまだまだ、新開地の明るさがまぶしかったのである。

この日、梅乃が相手をしていたのは紀伊国屋文左衛門と名乗る丸顔の男だった。本人は江戸日本橋に店を持っていると豪語していたが、梅乃には信じられなかった。江戸の大きなお店の主人がこんなところに遊びに来るはずがない。そこは通りからひとつ入った裏通りで、小さな一間の家だった。少し離れた大川の上を流れる風が時々、音も立てていた。梅乃はこの男を紀文と呼んだ。紀文が梅乃を呼んだのはこれで3回目だった。紀文は梅乃の気立てが大好きだった。
「そういえば、紀文さんは紀州の人でしょう。」梅乃がまだ布団の中にいる紀文に話しかけた。「今年、紀州からのみかん船が嵐でこられなくて、ふいご祭りがなくなるんだって。梅乃。ふいご祭りを楽しみにしていたから悲しくて。」紀文は布団の中から聞き返した。「なんだい。そのふいご祭りって。」「あら、紀文さん。ふいご祭りも知らないの。鍛冶や焼き物の職人さんたちが、ふいごの神様にお礼をするお祭りじゃない。その日は、親方が屋根の上から近所の人達にみかんを撒くの。それをみんなで取り合って、食べるの。それを食べると風邪をひかないって言われているの。」「待てよ。今年、紀州はみかんが豊作だと聞いているぞ。それが来ないというのかい。梅乃。良いことを教えてもらったよ。それで、そのお祭りはいつ行われるんだい。」「11月8日よ。」「よし、まだ十分に間に合う。梅乃。紀文さんがお前さんたちのために、みかんをもってきてやるよ。」紀文は布団を跳ね上げると、慌しく帰り支度を始めた。

「紀文さん、雨が降るよ。大川からの風がひんやりと湿っている。」帰ろうとする紀文に梅乃が傘を差し出した。そして、「大川まで送っていくよ。」と言った。

紀文は梅乃との道行を悪くないと思っていた。途中の牛嶋神社では梅乃と二人、並んで神様に手を合わせた。梅乃が何を頼んだかは知らないが、紀文は蜜柑の商売話がうまくいくようにと頼み込んだ。紀州の産物を江戸で売る小さな店を出したのは最近のことだった。絶対に成功してやるという張り詰めた想いが挫折しかかっていた。弱気が本所に足を向けた。そして、梅乃にあった。偶然のことだが、最初に呼んだ娘が梅乃だった。紀文は仕事の話など梅乃にはしない。そのかわり、自分は日本橋に店を構える大店の主人だと話していた。梅乃はそんな紀文の話を「ふん、ふん」と素直に聞いていた。梅乃には、こんな紀文の見栄を可愛いと思えた。だから、紀文の話をうれしそうに聞いてあげることにした。それに、紀文のほうも、自分がそんな大店主人でないことを、この娘にはとっくに見抜かれていることぐらい、分かっていたのだが、ここでは自分の夢を語っていたかった。紀文と梅乃は本所から大川に沿って、こうして向島まで歩いてきた。紀文は梅乃を連れて、お大尽気分で、いつまでも歩いていたかった。

大川の渡し守の甚平は、甚平桜の近くの掘っ立て小屋で大川を渡る客を待っていた。いつもはそこから川向こうに渡る客を乗せるのであるが、お客の要望によっては、猪牙舟を操り、何処にでも漕ぎ出していた。そこへ、丸顔の男が覗き込んだ。「船頭さん、日本橋までやってもらえるかな。」丸顔の男は恰幅もよかった。一遊びした帰りなのだろう、芸者を一人連れていた。顔なじみの梅乃だった。「それじゃあ。また、遊びに行くから。」丸顔男は言った。「紀文さん。またきてね。」芸者の娘がささやいた。「また、紀文などという。」男はまんざらでもなさそうに、自分の新しい名まえを言いかえした。

船の上で、紀文と呼ばれた男は船頭の甚平に話し始めていた。その手は川岸でいつまでも紀文に手を振り続けている梅乃に返していた。「船頭さん、私がなぜ、日本橋へ帰るのに、わざわざこのあたりまで来たか分かるかい。」紀文と呼ばれた男は甚平の返事を求めていなかった。甚平は「へえ・・」とあやふやな答を返した。「私はねえ。いつか、あの娘のような辰巳芸者の大旦那になってあげたいんですよ。いつか、この川向こうの吉原の芸者を総揚げして、高慢ちきな吉原の芸者の鼻を明かしてやりたいんですよ。」甚平にはこの男の気持ちが分からないでもなかったが、実現しようが、しまいがどうでも良いことのように思えた。むしろ、ずいぶんと虫の良い話をするものだと思いながら、でも、「いつかそうなさりませ。」と返した。

甚平さんの小屋の前で、手を振る梅乃に、息を切らしならが走ってきた男がいた。芭蕉だった。芭蕉としては誰かが、船を求めれば、甚平に頼んで、ただで相乗りすることができたのだ。「ああ、行ってしもうたか。」芭蕉は残念そうにその船を見送った。
「あら、芭蕉さん」娘に声をかけられて、芭蕉はびっくりした。若い娘に声をかけられることなどない。誰だろう。知らぬ。「私よ。梅乃よ。」と娘は言った。芭蕉は目の前の辰巳芸者が普段は小汚い格好をしている娘の梅乃だと初めて知った。「あれまあ。」芭蕉はこういうのが精一杯だった。梅乃は大声で甚平さんに声をかけた。「甚平さん、戻ってきて、芭蕉さんが乗りたいって。」甚平は梅乃の声に振り返った。そして、梅乃の頼みでは仕方がないと思った。甚平は船を戻し始めた。

芭蕉は旅姿をしていた。「何処へ行くの」と梅乃は聞いた。「わしの甥に、桃印という者がおるのだが、姉が死んで、桃印はわしが育てることになった。わしも江戸へ出て、芭蕉庵という家に落ち着くこともできた。だから、思いきって、伊賀へ桃印を迎えにいこうと決心したんじゃ。」

梅乃は船から紀文が手を振るたびに、自分も手を振った。芭蕉は梅乃に尋ねたことを思い浮かべていた。梅乃のお客であることはわかっているのだが、気になった。
「今ね。私、お客さんを送ってきたの。紀文さんって言うの。紀文さんは日本橋の大店の主人だって言っているけれど、私は違うと思うの。なぜって、日本橋に住む人がわざわざ、こんな向島の端で、船に乗ることはないでしょう。でも、いいの。私、あの紀文さんって言う人が憎めないひとだから。」こうして、いま、芭蕉は紀文という丸顔の男と同船することになった。


第5話 みかん船

紀伊国屋文左衛門は江戸の蜜柑問屋、大阪屋善兵衛方を尋ねた。「私は、紀州の者だが、今年の蜜柑の値段はどうだね。」善兵衛は胡散臭さそうに、文左衛門を見た。そして、そっけなく答える。「今年は、海が荒れているらしくて、入荷が少ない。安くは売れないよ。」そう言い残すと、主はその客を残して、奥に消えた。文左衛門はずいぶんと軽く見られたものだと憤慨しながら、片方で、そんな主人を見返している未来の自分も想像しているじぶんがいた。そう思うとなにやら可笑しさがこみあげてくるのだった。そして、「そうかい。」と言いながら、店を出ると、看板を見上げ、にやりと笑った。「梅乃のいうことに間違いはないようだ。」

江戸に蜜柑を運べば、巨万の富が得られる。千載一遇のチャンスだ。しかも、今年、故郷の有田では蜜柑は豊作だと聞いている。江戸へ運ぶことの出来ない蜜柑が上方では安値で叩き売られ、有田の人たちが困っていると聞く。だから、紀伊国屋文左衛門は梅乃から聞いたふいご祭りの話に躍動していた。江戸の町の鍛冶屋のお祭り、ふいご祭りには蜜柑が欠かせない。そして、大阪屋から蜜柑が高く売れるという話の裏つけもとれた。もういてもたってもいられなくなった。早くふるさとの有田に帰らなければ、誰かに先を越される前に、文左衛門は家に戻ると、旅姿に身を整え、東海道を下った。手に出来る金はすべて持った。だが、それでは足りないだろう。金を作る時間もいる。文左衛門はあせった。天気よ。悪いままでいておくれ。裏切るな。梅乃とふたり、あれほど祈ったじゃないか。お賽銭もあげたじゃないか。今、悪いのなら、明日も悪くなっていておくれ。文左衛門は祈りながら、旅路を急いだ。

一足先に、東海道を下っていた芭蕉のほうは足取りの重い。もともと、長い道のりでは急いでならないというのが芭蕉の持論だった。けれど、今度の帰郷は、桃印に会い、江戸へつれてくるためのものだった。甥の桃印は姉の連れ子だった。いつか、自分が面倒を見ることになる。子供のいない芭蕉にとって、とても大事な甥だった。気になってはいたが、芭蕉の江戸での生活も楽ではなかった。何よりも、鯉屋の離れでは気が引けた。でも、今では小さいながら、芭蕉庵という住まいがある。誰の気兼ねもいらない。それに、芭蕉庵に移って、作風も落ちついてきたせいだろうか、門人も少しずつ増えて、生活も前ほどに苦しくなくなった。これなら、桃印、一人くらいの面倒は見ることが出来るだろう。それに、私の才能を誰かに引き継ぎたい。桃印を徹底的に鍛えて、蕉風の俳句を後世に伝えたい。しかし、芭蕉は気が重い。その桃印は俳句への興味がないのである。なぜだ。芭蕉は自問する旅でもあった。だから、どうしても、桃印のいる伊賀上野への道は遠くなる。芭蕉は、少し、遠回りになるが、久しぶりに大阪の弟子たちと句の話でもしてから、故郷に帰ろうかと思い始めていた。

そんな芭蕉を丸顔の男が追い越していった。はて、どこかで見た顔だと芭蕉が思ったとき、その男も同じことを思ったらしい。立ち止まると後ろに振り返った。「おや。芭蕉の爺さんじゃないか。」紀文だった。

「芭蕉さん。足りないものを売れ。というのが、私の師、河村瑞賢師匠が教えてくれたものだよ。」紀文は道すがら、梅乃から聞いた江戸での、ふいご祭りのことや今年は蜜柑が品薄でとても高いということなどの話をした。「だから、ふるさとの有田に帰って、蜜柑を買い集めるのさ。そこでだ。芭蕉さん。お金を貸してくれんか。もちろん、儲けたら、倍にして返すよ。」そういわれても、芭蕉にはお金がなかった。気持ちがあっても無いものは無く、無理なものは無理だった。「わしに、金の無心をする人をはじめて見たよ。」その言葉に、紀文はなるほどと思った。この人は他人に金をせびっても、他人に貸す金はないのだ。「そうだな。それじゃあ、またな、有田にいるから金が出来たら言ってくれ。」そう言い残すと紀文はさっさと旅の先を急いだ。

紀伊国屋文左衛門は舅の高松河内から金を借りてみかんを買い集めにかかった。江戸への販路が絶たれ、上方での蜜柑の値段は暴落していた。だから、文左衛門の出現に我も我もと蜜柑が持ち込まれた。次は江戸へと向かう船の手配だった。おんぼろ船が一艘あるだけだった。しかも、その乗り手は紀州でも名うての荒くれ者たちだった。その荒くれ者たちが目の前の海を見て、しり込みをしていた。紀文はそんな男たちを叱咤した。「一生に一度あるかないかのチャンスだ。命を懸けよう。うまく江戸までいけたら、大金が入る。」その声に、荒れ狂う熊野灘へ命を賭けた船が飛び出した。

荒れ狂う潮風を吸って汚れきった帆をたなびかせ、船が明け方の江戸湾に入ってきた。朝の早い漁師たちが最初にその船を見つけた。帆に描かれた丸に有という字が遠くに見えた。「あれはみかん船だ。」誰かが言った。それを聞いた者が大阪屋善兵衛方に駆け込んだ。「みかん船が来た。」善兵衛は海岸に駆けた。「確かに、あれはみかん船だ。他の誰にも横取りされたらいかん。あの船主を我が家に連れてきてくれ。丁重にだよ。」

紀伊国屋文左衛門が大阪屋善兵衛の屋敷に、下にも置かれぬ扱いで通されたのは、その日の昼ごろになっていた。善兵衛は船の蜜柑をすべて、自分に売ってくれと頼み込んだ。「幾らで。」紀文は軽く返した。「一籠一両でどうだろうか。」悪くない取引だった。船には八万籠の蜜柑がある。しめて8万両だ。けれど、紀文は即答を避けた。深く熟考する振りをした。そして、「この蜜柑は私たちが命をかけて運んできたものだ。」と小声でつぶやいた。善兵衛が「そうでしょうねえ。でも・・」と話し始めたとき、文左衛門は笑って言った。「大阪屋さんとはこれからもお付き合いさせていただくでしょうから、それでいいでしょう。」その言葉に、大阪屋善兵衛は何度も、何度も礼を述べた。

命がけで運んだみかんは江戸で高く売れた。その上、紀伊国屋文左衛門が嵐を乗り越えて江戸の人たちのために頑張ったと江戸っ子の間で話題になった。その話はいつのまにか、東海道を下って、芭蕉の耳にも届いた。

「梅乃、有難う。お前さんのおかげで、大もうけができたよ。このお金で、きれいな着物でも買いなさい。」紀文は、梅乃にお金を渡した。
「芭蕉さんも心配してたよ。」梅乃は紀文からの思わぬお金を受け取りながら、あの話は芭蕉のおじさんから聞いたことだと伝えた。けれど、「芭蕉は駄目だね。あの人はちっとも役にたたない。」と紀文はそっけなく答えた。「それにあの人はこちらが、これから命がけで、出港するというのに、のんきに鯉屋さんへの手紙まで託したのだよ。役に立ってあげたのは私のほうだからね。」

紀文が芭蕉から頼まれた文を鯉屋へ持参したとき、鯉屋の店先には塩鮭で溢れていた。「この塩鮭はどうしたんだね。」文左衛門は市兵衛に尋ねた。「いやね。今年は鮭が豊漁だったんで、安値で、沢山仕入れたのは良かったんだが、買いすぎてね。売れ残ってしまったんだよ。」文左衛門にひらめきが走った。「そうかい。それなら、わしがその残った鮭を全部買ってやるから、安くするかい。」市兵衛には願ったり、叶ったりの申し出であった。最後は棄てるしかないかとまで、考えていたものだから、儲けなしの値で文左衛門に引き取ってもらうことにした。それでも、その取引は、市兵衛にとって、とてもありがたいものだった。だから、その取引の後で出された文左衛門の頼みも快く引き受けたのである。それは上方にいる芭蕉さんなど、数人に早飛脚で、文を届けて欲しいというものだった。市兵衛はお上の御用を承っている。頼めば、お上の早飛脚の中に紛れ込ませることも出来たのである。

芭蕉は大阪の門人宅で、文左衛門の文を見た。それには、今流行の病には塩鮭が効くから、その話を門弟たちの間に、広めておいてくれというものだった。芭蕉はたまたま、江戸から出てきていた服部土芳にこのことを話した。「文左衛門がこんなことを言ってきたけれど、私は俳句のこと以外に門人たちにお願いしたくもないし、それに、文左衛門のことだから、何か悪巧みをしているに違いないし、その片棒をかつぎたくもないよ。」土芳は文左衛門が何をしようとしているかわからなかったが、江戸のために、嵐の中でみかんを運んできてくれた見上げた男だという気持ちが心の片隅にあった。だから、江戸っ子の片割れとして、少し手伝ってやるかと思った。

大阪の番屋での土芳の話はじわじわと大阪の町に流れ始めた。そして、いつのまにか、塩鮭が流行り病の特効薬だということになっていた。「塩鮭はないか。」と問屋への問い合わせも多くなった。瞬く間に、問屋の在庫は底をつき、塩鮭の値が上がり始めた。そこへ、文左衛門の船が入港した。その船には塩鮭が山のように積まれていた。


第6話 佐倉惣五郎

芭蕉はお銀さんの店で、見慣れぬ男が働いているのを見た。佐倉から出てきた源蔵と言う男だった。お銀はこの男があの有名な佐倉宗吾郎の身寄りらしいというだけで、世話を焼くことになった。「何でも、芭蕉さん、佐倉宗吾郎というお方は村人のために、将軍様へ直訴をして、村人の苦境を救ったという方だよ。しかも、可哀想じゃないか。佐倉藩のご先代の正盛様が死罪までは忍びがたいと牢に留め置かれたものを、次の藩主の堀田正信様というのが、意固地な方で、何でも、松平信綱様とけんかをした挙句、面白くないと言って、勝手に国元に帰ってしまったばかりか、その腹いせに宗吾郎というお人を火あぶりの刑にしたそうだよ。」源蔵は佐倉から出てきた事情を話さない。話さないけれど、お銀には何か、源蔵に期するものがあるように感じられた。そして、源蔵はお銀の店の手伝いをしながら、暇を見つけては、江戸市内を駆けずり回って、何かを探しているようだった。ただ、元武士であった芭蕉は、この源蔵と言う男から発せられる殺気が尋常でないことを感じた。何か、一大決心をして、江戸へ出てきたことを伺わせるものがあった。

「そう言えば、」と芭蕉はお銀に言った。確か、松村市兵衛という普請方の役人が芭蕉にこんな話をしたことがあった。「元佐倉藩主の堀田正信様は所業不行き届きということで、改易となり、若狭の酒井様にお預けの身になっていた。ところがその正信様が無断で配所から抜け出して、いずことも知れず、居なくなってしまった。当然、江戸にも、佐倉にも密かに身を隠している可能性があるということで、町方などに、見つけ次第捕縛するようにとのお触れがでているそうだ。」お銀は目を輝かしはじめた。「そうかい。それだよ。きっと。源蔵さんが捜しているのは。きっと、佐倉宗吾郎さんの敵討ちをしようってんだよ。きっと。」お銀はますます、目を輝かせた。「それなら、助けてあげなくちゃ。甚平や太助に言って、そのような人が江戸に潜んでいないか、調べさせよう。源蔵さん、ひとりで捜すよりも、みんなで、捜すほうがいいよ。そうだ。芭蕉さん。あなたも捜しておくれよ。」芭蕉は笑った。「おいおい。まさか、私に人殺しの手伝いをさせようというんじゃないだろうね。」「人殺しといっても、敵討ちだからね。」お銀はその結果が、どうなるかなど考えもしないのだった。

甚平や太助がお銀の指示で、江戸の町を聞きまわっていたころ、万年町に堀田道三という医者がいた。医者の看板はかけているのだが、あまりこの医者が医者としての働きをしているのを見たことがない。それでいて、たいそう羽振りの良い生活をしている。何で稼いでいるのだろうと町衆のうわさにものぼっていた。そんな噂が広がって、この医者、理由は分からないがとにかく、小金をためているようだということになった。
このうわさをお銀に告げたのは甚平だった。甚平は船客たちの話を小耳にはさんだのだった。甚平がお銀に話したことは、こんなに贅沢な医者もいるもんだよということであったが、それを聞いた源蔵は、その苗字が気になった。堀田という名まえにである。もしやと思った。あの堀田正信が身を隠しているのではないか。源蔵はそう思った。

万年町の堀田道三という医者のところに、強盗が入ったという話が江戸の町を震撼させた。お金目当ての泥棒が、金ばかりではなく、医者の命まで奪ったというのである。そして、その犯人の名が割れた。最近、近所に引っ越してきた源蔵という者だった。番所の役人の話によれば、江戸近郊で、何人もの人を殺した凶状持ちの男に顔が似ているということだった。

役人たちが血眼になって、犯人、源蔵を探し回った。源蔵らしき男がお銀の店にいると告げるものがいた。役人は店に入ってきた。「この男がこの店にいるというものがいる。いたら、直ちに差し出せ。隠すとためにならんぞ。」役人は脅すように、お銀に人相書きを見せた。確かに、あの源蔵だった。「この人は、少し前まで、この店で働いていた源蔵さんです。でも、この人は、敵討ちのために、江戸へ出てきた人で、凶状持ちではありません。」役人は血相を変えてどなりだした。「そんなことは聞いていない。源蔵なるものがここにいるかどうかを問いただしているのだ。」その剣幕に、お銀はたじろいだ。源蔵を守ろうという気も失せて、「以前は、ここでは働いていましたが、10日前ほどから、来なくなり、今は何処にいるか知りません。」と恐る恐る答えた。

源蔵は深川の芭蕉庵にいた。この源蔵を匿ってくれと花川戸の口入れ屋から頼まれたのだった。この口入屋は義侠心の強い男で、幡随院長兵衛と名乗っていた。幡随院長兵衛に芭蕉は何度も世話になったことがあった。だから、断ることができなかったのである。でも、芭蕉は必死で源蔵に絶対に外に出ては困ると説得した。源蔵も人殺しのあとで、身を震わせていた。人が近づけば、身を硬くし、コモをかぶり、人の目から逃れようとしていた。そんな緊迫した芭蕉庵に梅乃が来た。いつもの明るい梅乃である。芭蕉はなんとか梅乃を小屋から遠避けようとあせっていた。「芭蕉のおじさん、寒いから小屋に入ろうよ。」「いや。寒風が心を洗うのだ。」「やだ。芭蕉のおじさん。また難しいことを言う。」梅乃はからからと笑う。「私。小屋に入っているからね。」「いや。待て。」「あ。何か、あやしい。芭蕉のおじさんのいい人でもいるの。」「いや。そうではない。寒風が心を洗うままに。ここにいようと言っているのだ。」「あら、また、そんなことを言っている。おかしなおじさん。」梅乃はもう芭蕉庵に向かって、歩き始めた。「あ。」芭蕉もあわてて、走り出した。

「あ、やっぱり、人が寝ている。」梅乃はその狭い小屋の中に、コモをかぶった人影を見つけていた。「おじさん、隅におけないね。」梅乃は振りかえって、芭蕉の顔をいたずらっぽく覗き込んだ。「そういうことだから、今日は帰れ。」芭蕉は梅乃の勘違いを利用しようとした。けれど、梅乃の好奇心は治まらなかった。「どんなひと。芭蕉のおじさんのいい人って。梅乃、見てみたい。」「馬鹿をいうな。」芭蕉はうろたえ始めた。

梅乃の好奇心は収まることを知らなかった。芭蕉は仕方なく、お銀がしていた話を繰り返した。その話を聞いた梅乃は、源蔵が敵討ちを出来たことに興奮していた。梅乃も「よくやったわ」と源蔵の勇気を褒め称えていた。けれど、芭蕉はとても、そんな気にはならなかった。源蔵は今やお尋ね者なのだ。人殺しなのだ。江戸中の役人が源蔵の捕縛に駈けずり回っているのだ。もし、自分が源蔵をかくまったことなどが知れたら、無事にはすまされないはずであった。

「これからどうするの。」梅乃が聞いた。「お役人たちの動きがおさまり次第、佐倉へ戻るつもりです。」「でも、佐倉にもお手配がまわっているんじゃない。」「そうかもしれない。けれど、私には、故郷の佐倉しか、帰るところはありません。それに、敵討ちを成し遂げたことを宗吾郎さんの墓に、早く報告しなければなりません。」「そうだな。早く、帰ったほうがいいな。」芭蕉は応じた。芭蕉は一刻も早く、この厄介者を追い出したかった。「駄目よ。」梅乃は言った。「今、この小屋から出たら、捕まりに行くようなものよ。絶対駄目よ。梅乃がもう大丈夫というまでは、出てはだめよ。分かった。」源蔵は芭蕉の心もわからず、うなずいた。

こうして、源蔵は芭蕉庵に居座ることになった。その間、芭蕉庵には何人かの門人たちが訪れることもあったが、芭蕉は源蔵を奥州からきた門人の手代だと紹介した。この先に、奥州への旅をしたいので、そのために来てもらっているのだと話した。芭蕉は話しながら、心を怯えさせていたが、源蔵のほうは落ち着いたもので、主は紅花を扱っておりますなどと如才なく答えていた。けれど、長く源蔵を住まわせることはできない。芭蕉は意を決して、臨川庵に仏頂禅師を尋ね、しばらく源蔵を寺男として住まわせてくれと頼んだ。仏頂禅師は何かわけがあるなと思いながらも、その理由も聞くこともなく、「そのようにしましょう。」と答えた。






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