芭蕉のじいさん、江戸に住む

第1章 芭蕉庵

松尾芭蕉が自らを芭蕉と名乗るようになったのは、延宝8年に芭蕉庵と名づけた小庵に住むようになってからである。そこは深川元番所近くの小屋で、幕府の魚御用を営む鯉屋市兵衛が生簀の見張り小屋として建てたものであった。だから、そう大きくない。一間に勝手のついた簡単なものだった。そして、江戸湾から毎日、新鮮な魚が上がるようになると、生簀も使われなくなり、いつか自然へと戻り、藻草が一面に生え茂る池に変わり、そこに住む蛙たちががあがあとうるさく鳴くだけのところとなっていた。だから、人の去った小屋も荒れ放題で、いつか朽ちて、崩れ落ちそうになっていたのである。

ある日、芭蕉は市兵衛に連れられて、その小屋を見にやってきた。その小屋を見て、芭蕉はとても人の住めるところではないなと思った。けれど、口から出てきた言葉は、真逆の「気に入ったよ。」というものだった。それは芭蕉一流の皮肉のはずだった。鯉屋もそう受け取るはずだった。けれど、鯉屋の反応は違った。「それは良かった。」というものだった。鯉屋が芭蕉の言葉をそのまま受け取ってしまったのには理由があった。日ごろの芭蕉の振る舞いがそうさせた。芭蕉は前々から、独り暮らしをしたいとこぼしていた。漂白の旅人には華美な生活はいらないとも言っていた。だから、この小屋は芭蕉にぴったりだと思われたのである。そうして、「気に入ったよ。」という言葉が鯉屋市兵衛をことのほか喜ばせたのには、市兵衛自身も、内心では、この小屋で大丈夫だろうか、粗末すぎないだろうかという心配があったからだった。だから、そのほっとした気持ちが素直に顔に表れた。こうして、芭蕉はもはや後に引けなくなった。今更、そうではないとは言えないのである。その荒れ果てた小屋こそ、芭蕉が唱える、わび、さびの世界だ。この建物こそ、芭蕉翁にふさわしいと付き添ってきた門人たちも口々に囃したてた。そして「さすがは師匠だ。」と褒め称えるに及んで、芭蕉もついに観念をした。もはや市兵衛の求めるままに、ここを自分の住まいにするしかなくなったのである。こうして誰もが安堵の表情を浮かべた雰囲気の中で、芭蕉は心の奥に仕舞っていた“しまった”という思いをもはや口にも、顔にも出す事が出来なくなった。けれど、芭蕉はそこに落ち着いて、少しづつ、気に入ってきた。この静かさが欲しかったことも事実だった。だから、芭蕉は市兵衛の求めのままに、ここを自分の住まいにした。確かに芭蕉は独り暮らしをしたいと思っていた。私は漂白の旅人だと確かに自負していたのである。食事も数少ない門人たちが玄関先に吊り下げられたひょうたんに時折、お米を入れてくれることになり、小屋の周りに野菜を植えれば、それで十分に生活していくことが出来ると思われた。だから、後は大川から流れてくる風さえあれば満足だと芭蕉は思うようになったのである。

鯉屋市兵衛が深川の小庵に移り住むようにと薦めたのには理由があった。芭蕉が俳諧の師匠として、市兵衛が与えた着物を着て、身奇麗に鯉屋に出入りしていた頃は良かったのだが、近頃は鯉屋の主人、市兵衛も少々もてあましていた。俳諧師匠として、一生懸命売り出してあげたものの、本人にその気がない。世話になることに何のありがたみも感じない。気が向けば、ふらりと旅に出て、着たきりのまま、小汚い格好でもどってくるという生活が続くのである。店は新鮮さと清潔さを売る魚屋だ。そんな男が店先をうろつかれては困るのである。番頭さんから市兵衛が苦情を言われるのも無理はなかった。

市兵衛は思っていた。最初は、確かに、この男の俳句に魅かれた。どうせ、商売仲間を集めて、私も句会を開かねばならない立場にあるのなら、高名な高野幽山よりも、無名なこの人のほうが良かろうと思った。それに、侘びとか、さびとか言うものをこの人は提唱しているようで、それは質素とつながるはずだから、あまり道楽に金を出したくない私には向いているじゃないか。小田原から出てきて、魚屋を開き、日本橋の河岸に店を出すまでに大きくしたのも、私の努力と質素倹約があったからだ。いかに、同業の皆さんやお上とのお付き合いのために句会が必要でも、できるだけ、お金は使いたくない。それに、もともと茶道をたしなむ私である。わびとかさびとかならば、少しはわかる。それだけ余分なお金も使わなくてすむはずで、それも魅力だ。ところが、師匠にした人が悪かったようだ。この人には遠慮というものがない。広く浅く授業料を取るということが出来ない人だった。上手にお弟子さんたちの機嫌を取り結ぶことも苦手のようだ。そんなに贅沢をしているようには見えないのだが、お金の使い方の下手な人なのだろう。それに、どうも侘びとかさびとかいうのは俳句を読む心もちを指すようで、節約とは全く関係がないようだ。だから、この先生。お金がなくなれば、無心に来た。あつかましく、師匠面をして、「すみませんね。」などと言うのだが、可愛くないのである。それで、普請方の松村さんに頼んで、小石川の水道工事の仕事をお世話したんだけれど、そうなったら、そうなったで、工事作業の連中を大勢連れて帰ったりするのだ。それで、私は深川にある私の生簀の見張り小屋に住まわせることにした。あえて言えば、私はこの家をこの人にあげたわけではない。ないのだが、この人はいつの間にか、芭蕉庵などと名づけて、自分のものにしてしまった。芭蕉は私が植えたものだが、見張り小屋のことなので、手入れも悪い。だから、この人に住まわせたころには、もう芭蕉の木のこともすっかり忘れていたのだけれど、この人は自分が住むようになって、何処をどう手を加えたのかは知らないけれど、いつのまにか、この木を大きく育て、これ見よがしに芭蕉庵などという表札までかけるようになった。でもね。もともとはこの芭蕉にしたって、この私が植えたものなのですよ。

芭蕉は思っていた。ここに住むようになって、その小屋も少しずつ、雰囲気を変えてきた。みすぼらしさは相変わらずではあったが、人の住まいと思わせるものが生まれた。その最も大きなものは、市兵衛が思っていたように、その小庵の入り口に植えられた芭蕉の木であった。芭蕉という植物は当時としては高級な観葉植物で、市兵衛が得意先から譲り受けたものらしい。だが、手入れが悪く、芭蕉が住み始めたころには、もう枯れるにまかせて、株はわずかに根を残しているだけであった。芭蕉はなぜか、枯らすまいと思った。芭蕉はまさに枯れようとしているこの植物を愛した。どうしてかは分からなかったが、その枯れようとしている植物と荒れ家を与えられた自分とを重ね合わせていた。だから、毎日、毎日、水を与え、声をかけ、冬の寒さからも守った。幸いなことに、この地は水に恵まれていて、思いのほかに根つきがよかった。そして、春になり、芭蕉は生気を取りもどした。やがて、少しずつ大きくなって、見張り小屋の外観を変えていった。さらに、芭蕉自身が小屋の中も少しずつ手を加えた。詠んだ句を紙に書き、それを壁に貼っていった。それが隙間風を防いだ。何枚も重ねて貼られた句が風に負けまいと揺れていた。芭蕉は句を眺め、気になるところがあれば、すこしずつ書き直していった。こうして、気に入った句が出来上がれば、短冊に書き写して、部屋の飾りとした。美しくはないが、自分の世界が広がった。番屋から小庵という侘びの趣さえ感じるようになり、落ち着きを持った住処となった。

芭蕉が小庵を出て、大川の流れを何気なく見ていたとき、後ろに小娘の気配を感じた。漁師の娘のようで、小汚い格好の娘であった。「おじさんは、ここに住んでいるのかい。」娘は親しげに近づいてきた。「私は梅乃。この先の本所に住んでいるの。おじさんの名は。」このあつかましさこそ娘の特権だ。芭蕉は振り向いて、小娘の顔を見た。格好はけっして、美しいというものではないが、目がきれいな娘だった。まだ若いに違いない。「わしか。わしは松尾桃青という。」「ふーん。変わった名まえだね。どう書くんだい。」芭蕉は懐から紙を出して、桃青と書いて見せた。「桃青(ももあお)かあ。変わった名まえだね。」芭蕉は自分の名前がけなされて、渋い顔になった。この桃青(とうせい)という名は、自分の才能を見出してくれた亡き主人、伊賀上野の藤堂新七郎良清の嗣子・良忠様を慕う大切な名前なのだ。だが、この由緒正しい経歴も、相手が小娘では勝負にならなかった。「わしは俳句の宗匠を始めるきっかけとなったのは、・・・」と話し始めたときには、すでに娘の興味は次のものへと移っていた。梅乃と名乗った娘は小屋のほうを見て、新しい話題の先を指差した。「あの植物は変わった木だね。なんと言う名まえなの。」芭蕉は自分の話の腰が折られたことに、戸惑いながら、梅乃の指差す方向を見た。そこには自分が丹精をこめた芭蕉の木があった。「ああ、あれか、あれは芭蕉というものじゃ。」芭蕉は少し誇らしげだった。あそこにまでしたのは自分だ。「芭蕉・・・。」「ふーん。変な名まえ。おじさんみたいだね。そうだ。おじさんも桃青を止めて、名まえを芭蕉にしたらいいよ。」「梅乃はおじさんを芭蕉さんって呼ぶね。いいでしょう。」

梅乃が帰ってから、芭蕉はぷりぷりと怒っていた。「なぜ、小娘に、自分の名まえを決められなければならないのだ。自分の名前を決めることが出来るのは、亡き主君だけで沢山だ。」その夜、ぽつんとひとり、芭蕉の葉を見ながら、小娘のことを思っていた。思い返せば可愛いい娘だった。娘に親しく話しかけられることなど、このところあることではなかった。しかし、芭蕉はいつまでもこだわっていた。「なぜ、小娘に、自分の名まえを決められなければならないのだ。」生簀のあとの淀んだ古池へ蛙が飛び込む音がした。「物寂しい気持ちに静けさはつらい。」芭蕉は懐から紙を取り出すと一句書いた。
「古池やかえる飛び込む水の音」そして、名まえのところに“はせを“と書いてみた。


第2章 お銀と眼次郎

石戸神社脇で、小さな水茶屋を営むお銀ばあさんは小さな秋を感じていた。大川から流れてきた風にヒヤリとしたものを感じたからである。「今年も、もうすぐ冬が来るな。」お銀は自分の膝の上で目を細めている三毛猫の眼次郎の頭をなぜながらそう思った。「甚平のところにでも行ってみるかな」と眼次郎を自分の膝から追い出して、重い腰を上げた。お銀と甚平とは不思議な関係だった。大川で猪牙舟を操る甚平とは長い付き合いだ。甚平のほうはお銀を自分の連れ合いだと思っていたが、お銀のほうは、ただの厄介者くらいにしか思っていなかった。けれど、お銀は甚平が気になるのである。冬がくれば、あの掘っ立て小屋では寒かろう。何か着るものでも持っていかなければと思うのである。

お銀が店のすだれを上げたとき、坊さんのような風体の男が立っていた。この男も秋を感じたようだった。店先の縁台にお銀が片付け忘れた茶碗が残されていて、そこに近所の悪がきの仕業だろう、一枝の紅葉が挿しかけてあった。「ばあさん、この紅葉のいけ方には風雅を感じる。」その男は簾の間から店に入ると奥の縁台に腰を下ろし、被り物を取った。顔つきを見ればまだ40を過ぎたばかりと思われるが、髪にはすでに白いものが混じっていた。お銀は茶碗を片付けようとした手を引っ込めて、思い出したような笑顔を作ると、「何か飲むかね。」と尋ねた。「茶をもらおう。」お銀が消えても、男はまだ、その一輪の枝に秋を感じているようであった。お銀は茶を出しながら聞いた。「お医者様ですか。」「いや。徘徊師といってな、風流な商売をしている。」お銀には聞いたことのない商売だった。その男は懐から紙を出すと筆ですらすらと何かを書き始めた。“枝もろし緋唐紙破る秋の風 はせを”そう書き記すと、それをばあさんに見せた。「はせをさんというお名前ですか。」「いや、バショウと言う。」その男はいつまでもお銀の店先の小さな秋に想いを馳せている様であった。お銀は店の奥に戻りながら店先の客を振り返る。そして、不思議そうにつぶやくのだった。「変わった人だね。子供のいたずらに感動するなんて。」そうしたことがあって、芭蕉と名乗った男はこのばあさんの茶店に時折、顔を見せるようになった。このお銀のいる水茶店がどうも気に入ったようであった。

お銀ばあさんはもともと水茶屋を浅草寺に近い場所で始めた。始めた当初は水茶屋の数も少なく、お銀さんもまだまだ若かったから、お客も入った。しかし、同じような店が次々とできて、しかも、そこで、きれいな娘たちが接待するようになると、それが評判となり、そこに客が集まるようなった。だから、水揚げの少ないお銀ばあさんの店はいつか、地元の香具師の圧力で、人の出入りの少ない場所へ、場所へと移されていった。そして、いつか石戸神社の脇に店を出したのだった。そして、お銀ばあさんの店は移るたびに小さくなり、人の入りも減っていった。石戸神社周辺は江戸庶民の生活を支える石戸焼きの産地で、お銀ばあさんの茶屋も、そんな近くの焼き物職人が手の開いた隙に、本当に茶を飲みに来るくらいだった。「ばあさん。」ある日、焼き物職人の太助がこんなことを言った。「浅草へ行けば、華やかな水茶屋ができている。人もいっぱい入っているようだ。でも、ばあさんのところじゃ。人も入らんじゃろう。ばあさんがもっと若ければよかったんじゃが・・・。」お銀もそんなことは分かっていた。分かっていたが悔しかった。だから負けてはいない。「別に、お前に言われなくても年をとったことくらいは分かるわい。だけどね、お前さんだって、いつか、このお銀の歳になるんだからね。」太助はすだれの間の空を見上げながら言う。「でも、ばあさん、わしはこの茶店が好きだよ。なぜか落ち着くんだ。あっちの水茶屋にも行ったこともあるけど、わしらのような貧乏人にはなぜか落ち着かんところじゃった。」

お銀と暮らす三毛猫の眼次郎は人になつかぬ猫であった。悠然として、あたりを睥睨する目は威圧感さえ持っていた。だから、このあたりの猫には一目も、二目も置かれていたのである。そんな眼次郎には伝説があった。それがお銀の自慢だった。それは眼次郎の居場所に関係する。眼次郎はお銀に呼ばれなければ、いつも道の度真ん中に座っていた。そこはお銀の店の横にある道で、袋小路のようになっている。だから、普段は近所の者か、道に詳しい者でなければ滅多に通ることも無い道だった。けれど、人通りは少ないとはいえ、そこは天下の往来だった。大通りからも見えるその道にいつも悠然と腰を下ろしている猫がいるのである。話題になった。見に来る客もいた。「気にいらねえ。あそこは天下の往来だ。人様の通る道だ。」そう言って、ある日、犬をけしかけた男がいた。その犬の肌は赤みを帯びて獰猛さを見せていた。しかも、このときは、主人の気持ちも伝わって、興奮し、獲物を狙う口からはだらだらと唾液を垂らし、低いうなり声とともに眼次郎めがけて、襲いかかった。眼次郎はちらりと犬を見た。けれどびくとも動かない。お銀が店から飛び出して、「危ない。」と叫んだ。そして、まさに犬が眼次郎に飛び掛った瞬間、そこには眼次郎がいなかった。空を噛み付いた犬が所在なげにあたりを見渡した。そして、その犬が目にしたのは1間ほど先の塀のうえで、先ほどと同じように悠然と日を浴びている眼次郎だった。犬は無念さもこめて、しばらく執拗に塀の上の眼次郎に向かって、爪を立て、ほえ続けた。けれど、眼次郎はまるで眼中にないかのように、涼しい目を大川のほうへ向けていた。そして、犬はほえ疲れ、だめだよというように飼い主の元へと戻っていったのである。

そんな眼次郎であったが、なぜか、お銀ばあさんとは気が合うようで、ばあさんが呼べば、傍を離れない。けれど、それはお銀さんだからで、甚平などが、たまに眼次郎に触ろうとするものなら、眼次郎は威嚇をこめて牙をむきだし、低いうなり声をあげた。だから、そんなとき、甚平は決まって、「相変わらず愛想が無い猫だ。」とつぶやくことになるのだった。

あの時に、けしかけた町奴が別の犬を連れてやってきた。今度こそ、眼次郎に目に物見せてくれんというわけである。「ばあさん。あの猫はいるか。」お銀の顔から血の気が引いた。その犬は前の犬と比べても大きな犬で、何よりもお銀を震えさせたのは、その犬の落ち着きだった。「止めておくれ。」お銀はその町奴にしがみついた。「何を言ってやがる。先日の意趣返しよ。」お銀はなおも、必死で停めに入った。あの道には眼次郎がいつものようにいるはずだった。「やめておくれよ。許しておくれよ。」町奴は自信ありげに、お銀を見るとこう言った。
「それじゃあ。どうだい。もし、この犬が、お前さんのところの猫を逃がしたら、一分金やろうじゃないか。それでどうだい。」お銀にとって、一分金は大きなお金だった。それに、眼次郎のすばやさは並みの猫じゃない。お銀の手が弱まった。「いいんだな。」町奴はそういうとお銀の手を振りほどき、あの袋小路に向かった。お銀はその場にしゃがり込むと必死で仏に祈った。「眼次郎が勝ちますように。勝ちますように。勝ちますように。」と。
そして、しばらくの時が過ぎて、同じようにしゃがみこんでいるお銀の前に、さきほどの町奴が悔しそうに一分金を置いた。「なんて、すばしっこい猫だ。だが、おれも幡随院長兵衛の2代目を名乗る男だ。約束は守るぜ。」そんな捨て台詞がお銀の耳の中を動き回った。「眼次郎!」お銀は眼次郎の下に走った。そこにはいつものように、道の真ん中で、悠然と構えている眼次郎がいた。お銀は眼次郎を抱きしめた。「お前のおかげだよ。お前のおかげで、一分金をもらったよ。」


第3章 長命寺の桜餅

向島のはずれにある掘っ立て小屋から甚平が顔を出した。甚平さんの掘ったて小屋はご殿屋敷を囲む掘割の近くにある。このご殿屋敷は将軍徳川家光公が鷹狩りのために造らせたものだが、家光公の死後は使われることもなくなり、今の将軍様、綱吉様は“生き物を殺すな”というお触れを出すくらいの人だから、鷹狩りなぞはもってのほかのことで、自然、この御殿は人の出入りもめっきり減って、手入れも行き届かず、付近は物寂しい場所となっていた。

けれど、家光のために植えた見事な桜が残った。それが甚平には自慢の桜になった。今は、桜の葉が赤く染まって、はらはらと数多くの葉が舞い落ちている。甚平の一番の自慢が春の桜の見事さであることは言うまでもないのだが、甚平は密かに秋の桜の紅葉も自慢の一つであった。桜の紅葉は一面に赤くは染まらない。黄色や赤や様々な色合いが混ざる。だから、もみじのような派手さはない。けれど、秋の桜の葉には、その中に、ハッとするほどの美しい葉も見つけることが出来るのであった。

甚平は桜との対話を毎日欠かすことは無かった。手を触れて、「元気かい。」と尋ねた。寒さが来る前に、甚平さんの桜も葉を紅葉させ、その葉を落とす。そして、その枝先が少しずつ、膨らんで、つぼみを持たせるのだ。だから、甚平はそんな桜の枝先を見上げながら、「春がきたら、美しい花をさかせてくれよ」とささやくのだった。

そこへ長命寺の寺男で、真六という者が来た。この男も甚平の桜を称える男のひとりだった。下総銚子から江戸に出てきたのだが、大川の手前で路銀が尽きた。たまたま、そこが長命寺であったということらしい。住職から一宿の椀を頂いたことが縁となり、寺男として住み込むことになった。真六はこの桜の木を甚平爺さんの桜と名づけた。春の桜、新緑の若葉、秋の紅葉と真六は甚平が自慢する言葉を繰り返した。そして、この日、甚平は桜の紅葉を自慢していた。そして、真六も甚平爺さんの桜の木から落葉する美しい葉に魅せられた。真六は甚平さんがかき集めた葉の中から赤く映えた葉を選び、持っていた焼餅に包んだ。「きれいだろう。」真六はそれを甚平に差し出した。さすがに落葉のこととて、桜のかおりはしないけれど、見た目はあでやかな紅色であった。甚平は葉の美しさを餅に包んだ真六のひらめきをほめた。ほめられた真六はもっと作ろうと美しい葉を何枚も拾い集めた。

何日かして、真六は、自分の作った桜餅を甚平に差し出した。「この間の、桜もちをこんな風にしたのだけれど、食べてみてくれないか。」それは焼餅に醤油をまぶして、紅葉した桜の葉で包んだものだった。いつもなら、べとべとする醤油餅が見た目にも美しく、食べやすくもなっていた。この桜餅は真六の何代目かの子孫が、桜の若葉をしょうゆ樽に漬け、その葉でやわらかな餅を包んだものを売り出したことで、大当たりをするのだが、このときは、まだ醤油餅を食べやすくしただけのものだった。けれど、甚平は自分の自慢する桜の葉が生かされて嬉しくて仕方がなかった。食べて、「うまい。」とさけんだ。適度な塩っけが香ばしい餅に合っていた。甚平は真六に提案した。「もっと、沢山作って、ここで売ろう。船を待つ客に売れば、きっと喜ばれる。」真六の作った桜餅は評判になった。「甚平じいさんの桜の葉で作った桜餅だよ。食べていきなされ。」真六は暇を見つけては、桜餅を作り、甚平さんの桜の木の下で売り始めた。評判を聞いて、わざわざ、深川から買いに来る客までいた。真六の呼び込みの声を甚平さんは「気に入らない。」と不満を訴えた。「俺はじいさんじゃない。」と真六が甚平爺さんというたびにがなり声が飛んだ。そして、そのかいがあってか、真六の呼び込み声は「甚平桜の葉から作った桜餅だよ。」というものに変わった。

芭蕉庵に梅乃がきていた。芭蕉が梅乃にあったのは芭蕉が小庵に移り住んで、しばらくしたときだったが、なぜか、梅乃は芭蕉の小庵が気に入った。あばら家だから隙間風も入る。それを避けるために紙や短冊が貼ってあって、それに何か書いてあったりしてあるのが面白いのである。梅乃は読めない文字を読もうとする。「これが俳句か?」梅乃は芭蕉に聞く。芭蕉はどれどれと身を寄せる。芭蕉の鼻に、女の匂いが伝わって、身を躍らせる。「やだー」とその気配を知って、梅乃が笑う。芭蕉は自分の心を悟られまいと、壁に貼ってある俳句を詠む。けれど、もう、梅乃は聞いていない。すでに別の俳句を指差しているのである。弟子たちによって、俳句に絵が添えられていて、それを面白がるのである。この梅乃を芭蕉は口では「うるさい娘が来た」というのだが、梅乃には、そのそっけなさこそが芭蕉の温かみだと感じていて、とても居心地の良いところだった。芭蕉はまだ、梅乃が今、売り出し中の辰巳芸者だとは知らない。近所の小娘だろうと思っている。そんなところも、梅乃には秘密めいたものを感じさせて、面白いのである。梅乃は芭蕉に、桜餅を持ってきた。今、評判だという。「長命寺の真六さんと言う人が作っているというの。桜の香りとしょうゆの味が利いていて、とてもおいしいの。」芭蕉もひとつつまんでみた。今までにない味だった。桜の香りは梅乃が言うほどにはしないけれど、桜の葉だというだけで、風流を感じた。「江戸の食べものには風雅を感じる。」梅乃はそんな芭蕉をふりかえって言う。「やだー。また、難しいことを言う。」と笑った。

芭蕉は梅乃にお銀の店で、太助たちから聞いた話をした。石戸焼き職人の太助はこのところ、ぼやき続けることが多い。親方からその未熟さを普段以上に叱られているからである。親方の機嫌は近頃、とても悪いのだ。太助は八つ当たりだと言わんばかりに話す。「親方が今年のふいご祭りはみかんの値段が高すぎて出来ないかも知れないと言うんだよ。なんでも、今年の海は荒れていて、上方からのみかん船が紀州の港で足留めにされていて、ふいご祭りに間に合わないというんだよ。それを俺に当たるんだからたまらないよ。」お銀が言った。「そういえば、今年はみかんが高くて、私たちには手がでないね。食べたいね。手が出ないとなるとなおさらだね。わたしもふいご祭りを楽しみにしているのに、どうしたことだろうね。」芭蕉は二人の話に口を挟んだ。「ふいご祭りというと鍛冶屋さんがやるものだと聞いていたが、太助さんのところの親方もやるのかい。」「ふいごを使うところは、みんな、やるよ。うちも、焼き物造りだから、当然、ふいごを使う。だから、ふいご祭りは欠かせないんだ。近所のみんなも楽しみにしているはずなんだ。」

芭蕉が梅乃に話したことはこのことだった。「今年のふいご祭りは中止になるらしいよ。」「まあ」梅乃は言った。「梅乃、近所のみんなと、みかんを取り合うの。とても楽しみにしているの。」こういうときの梅乃はまだ小娘だ。近所のがきたちと鍛冶屋の親方が屋根から投げる蜜柑を取り合うのだという。それが楽しいと梅乃は目を輝かせている。



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