家計のキャッシュフロー表


第15章 お葬式
時は残酷である。仕事や学校、病院等に通う日常は、それが明日にも、数週間後にも、同じように続くので、時を感じることはないのだが、人の死は今をまたたくまに過去にして、未来をいつの間にか今にしてしまうのである。あれほど、家族が寝ずの番をしていた介護の日々が終わり、気上であらねばならぬと望んだ葬式も終わってみれば、過去となり、寂しさだけが残る今となるのである。

義母が死んだ。98歳という年齢でもあり、母の友達関係も大方、すでに亡くなっている。だから、本人の希望もあって、家族葬、しかもできるだけ小規模にしてほしい。香典や供物などは決して、頂いてはならないと言うきつい申し渡しがあったのである。その義母は生前から、備えがしっかりした人で、地元の葬儀社の互助会に入っていた。30万円ほどの積み立てはすでに終わっていて、私たちが望まないにも関わらず、私が死んだ時にはと言う話もしたのである。「私のお葬式は、すでに積立金も払っているので、0円というわけにはいかないかもしれないが、50万円ほどで安く上がるはずだ。その分の貯金は残してある。」と死ぬ前に言っていたのである。

さて、母が死んだ夜、互助会の人がやってきた。事前に、彼は電話で、部屋の暖房は消してくれ、外の冷気を入れてくれと言っていた。私たちはその通りにした。寒さで震えた。時は2月の夜である。死体の腐食を防ぐためだとは分かっていた。私たちは母から離れたくないために、オーバーを着込んで、彼を待った。彼は何となく他人の顔を伺う様な胡散臭いところがある人だった。しかも、口臭の匂いがした。しっかりとした睡眠をとっていないのかもしれない。彼が私たちに提示した金額は98万円だった。この金額には、お花代とか、これから試算する食時費用などは加わっていない。加えれば、130万円ほどになる勘定である。もちろん、最近の葬儀費用は、全国平均で200万円ほどである。だから、この金額でも安いのであるが、母から聞いた話が胸に残るのである。どうも心のわだかまりがふつふつと沸き上がるのである。確かに、母がこの互助会と契約したのは、今から20年前位の事なので、その間に、物価の上昇などがあるのは分かるのだが、そのわだかまりが心の中に充満していた。けれど、ことは緊急を要するのである。だからと言って、葬儀社を右から左に変えることなどできないのである。こうして、私たちは、彼の提示した額でお願いすることになった。誠に、これこそこが、死人に口なしというのであろうと思ったのである。

葬儀は母が死んでから1週間ほど、後になった。原因は火葬場の不足である。火葬場が込み合っていたからである。それほど、東京のこの地区で、この寒い時に、死者が多かったからなのである。1週間、母は冷凍室の様な所にいて、葬儀を待たされた。葬儀は司祭の朗々たる声の中で、厳かに執り行われた。葬儀社の人も心を込めて行ってくれた。当初は家族葬で、子供たちやごく限られた身内だけで行われることを想定していたのだが、母の死を知った多くの知人が集まって、50人ほどの規模となった。その人達から生前の母の様子が語られるたびに、涙が溢れた。


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