家計のキャッシュフロー表


第14章 人生最晩年の大出費
私の義理の母は現在、98歳である。90歳の前半までは、外出こそ少なくなったが、自分の身の回りのことは自分で何でも行っていたのである。だが、95歳を過ぎたころから、顔の表情も硬くなって、訪れるヤクルトさんや生協の配達員さんにも、これまでの笑顔を見せなくなった。そして、98歳になり、倒れたのである。救急車で病院に運ばれ、肺炎と診断された。

さて、問題はこれからである。10日ほどの入院で、母は治療が終わったという理由で、退院を余儀なくされた。病院は介護施設ではないという理由である。病院が母の退院を強く求めた理由は、幾つかある。(1)夜中、何度となく呼び出される。(2)家に帰りたいと言っている。(3)食事を拒否する。(4)栄養剤の点滴を外す。等々である。しかし、私はこの病院はおかしいと思う。入院するまでの母の食欲は旺せいであった。入院初日は病院食を完食したほどである。それが急に食べなくなったのである。この病院は患者が食べないと言うのを聞きおくだけで、何の対策や試みを何もせずに放置していたとしか思えない。責任を放棄したのだ。結果、家に帰って来た母は食事が出来なくなってしまった。身体に入れるのは栄養飲料だけである。

母が病院から帰って、私と家内と家内の妹の介護生活が始まった。母は一人では、トイレに行けなくなっていた。食時というよりも、水分を「お茶」と言って求めるのだが、時を選ばなくなった。誰かが必ず、そばに居なければならなくなった。しかも、いつの間にか、母の寝起きは昼夜が逆転し、夜に起きて、昼に寝ると言う生活になっていた。当然、私たちには私たちの生活がある。出来るだけヘルパーさんにお願いする。介護保険でははみ出す部分は自費でカバーすることにもした。それでも、通常、ヘルパーさんは夜には来ない。最も手のかかる夜間は私たちが奮闘することになったのである。

基本的には月曜、火曜、水曜を私たち夫婦が、木曜、金曜、土曜、日曜を妹家族が担当する。義理の母は妹家族と同じ建物で暮らしている。
昼間のお母さんは寝ていることも多いし、ヘルパーさんも来る。戦いは夜である。我が夫婦はタッグ制を敷いた。夜の10時ころ私が寝る。朝の4時ころに私が起きて、家内と交代するのである。だが、問題はトイレである。老女とは言え、私も、母も、私がトイレに行かせることを嫌がる。私にはとてもできないのである。仕方がなく、母がトイレを求めた時には、熟睡している家内を起こすのである。政府は家族による介護を推奨しているがとてもできない。家内だけでなく、私も寝不足の疲れで、昼間は朦朧としている状態である。

家内と家内の妹はサ高住(サービス付き高齢者住宅)を捜すことにした。入院する前までの母の状況はこれほどの高齢にも関わらず、介護度は2と低かったのである。特養(特別養護老人ホーム)は満杯で手が出ない。介護度も現在、新たに申請すれば、多少上がるかもしれないが、すぐにでも入らなければならない緊急事態なのである。

後で知ったことだが、サ高住も最近はたくさん出来始めていて、設備や環境、綺麗さの整ったものも数多く見られるようになってきた。しかし、慌てふためいて捜し始めた私たちには、不安を募らせることばかりだった。2、3当たった先は居住者で埋まっていて、空きが無かった。空いていると言うところに見学に行くと、確かに、費用は安いがあまりにひどい環境で、そこに母を置いておくわけにはいかなかった。そして、多くが入居までには半月ほど必要だと言うことが分かった。そして、私たちが母を住まわせても良いと思う様な所は、どこも月額の諸経費が28万円〜30万円というものだった。もちろん、介護保険を使ってのことである。

人間の死に方には色々とあると思う。だが、高齢化が進み、最晩年を迎えた時に、自分では何もできない時を迎えることになる。そのような時には、全面的に他人の世話になる施設に入る以外にない。それには思ってもみなかったお金が必要になるのだ。母のケースで言えば、仮に、この先、5年の命を与えられたとすれば、用意しておかなければならないお金は
   必要経費=(30万円―月額年金受給額)*12か月*5年
およそ、1000万円である。

(注)ヘルパーではないが家政婦の範疇にはいるらしいが、夜間も、一日中、母のような人を見てくれる組織がある。例えば、私たちが捜したところは1日で35880円。夜間の12時間だけとすると20000円である。短期ならやむ負えないが、1年間も頼んだら、2300万円もかかる。


トップページに戻る




Y-FP Office Japan by Idea21 Ltd.