家計のキャッシュフロー表


第12章 長生きリスク
毎年、年末を迎えるころになると、友人や知人から喪中はがきが届きます。そして、驚くことは、その多くが友人や知人の父親や母親の死を伝えるものです。そして、その年齢がどなたも90歳を超えて、98歳だったり、97歳だったりするのです。思えば、私の父親も93歳の時に亡くなりました。私の義理の母は97歳です。多少、出歩くことができなくなったりと不自由な生活にはなっていますが、普通に会話し、普通に生活しています。厚生労働省の発表によると、2017年9月時点の100歳以上のお年寄りの数は67,824人だそうです。数年のうちに10万人を突破することは間違いありません。平均寿命は男性が81歳、女性が87歳です。けれど、喪中はがきからも分かるように私たちの多くは平均寿命を超えて、長生きをするようなのです。私たちを老後不安に陥れるのは、このいつまで生きるのか分からないことから生じるものです。医学の進歩や食生活の改善などの影響かもしれませんが、私たちはもはや長生きを義務付けれられているのかもしれません。ならば、長生きをするという前提で、生涯設計をしていくのが適切だと思います。長生きは基本的に喜びなのですから。

70歳前後で、多くの方が無くなっていた時代は、大家族主義の時代でした。老後の世話を子供たちに見てもらい、その代わり、子供たちにある程度の遺産を残すという暗黙の了解がありました。子供たちにとっても、親が70歳前後であれば、自分は働き盛りの40〜50歳代です。どんなに両親の面倒を見ても、資産が目減りしていくことはありませんし、体力的に力が溢れています。余裕がありましたから、十分に親孝行もできたのです。認知症の多発など、その後に起こる苦労はまだなかったのです。

しかし、親が90歳代になっている子供世代は下手をすると70歳代に突入しています。親の面倒を見るには年を取りすぎています。自分だけでは親の面倒を見ることができないのです。一番重要なことは体力面の衰えですが、資力の低下もあります。現状の90歳代の方は年金などで恵まれていて、不自由のない生活をしていくことができるかもしれません。しかし、これからの世代は違います。夫婦二人の生活もいつか終り、最終的には一人で生きていかなければならないのです。子供たちはあてにできません。子供たちを当てにできるのは、それなりに、精神的な面も含めて、子供たちに投資をしてきた人たちだけです。逆に、親は子供たちに資産を残す必要もない時代になったということです。「子供たちに少しは残したいし。」などという甘い時代は終わったのです。

ただ、個々人の死亡年齢は様々としても、計画を立てる目安というものがあるはずです。それが平均余命という考え方です。例えば、現在60歳の女性の方の平均余命は29年です。だから、おおよその目安としては89歳までの生涯設計を立てておけば良いということになります。ただ、これも落とし穴があります。平均余命というものは、過去の60歳の人の死亡率から推定しています。死亡率が変わらなければとした期待値にすぎません。現在60歳の人がいつ死ぬかなど分かるはずがありませんが、想定できることは死亡率はもっと下がっていくはずで、傾向値からすればもっと長生きできるはずです。今の傾向を見れば、現在60歳の女性は平均余命の89歳を超えて、90歳代に入ると思われます。しかも平均ですから100歳以上の人も多くなるはずです。

さて、この長生きにともなうリスクについて考えてみましょう。長生きリスクは三つあります。一つ目は経済的なリスクです。二つ目は健康上のリスクです。三番目は孤独のリスクです。ここで、リスクという言葉について説明しておきます。リスクという言葉を聞いて、災害とかいう悪しき者というイメージを持たれている方も多いと思いますが、一般的に使われるリスクというものは別に悪いものはありません。こうなれば、反作用として、このようなことは当然起こるだろうというような意味合いです。だから、年を取れば、当然、足腰も弱くなる。長生きをすることは良いことだけど、それに伴って、脳も劣化するだろうし、胃腸も弱まるのです。けれど、今も申し上げたように、それが悪いことではありません。体は弱くなるかもしれませんが、その分、自分の好きなことができる時間を得るということです。人生経験も積み重ねていきますから、精神的にも深まりをますということです。

老後というものは二つの時代に分けられると思います。一つは年を取って、退職したと言っても健康でこれまでの社会生活と同じように行動できる時代です。これができなくなる年齢を健康寿命と言い、健康寿命までの時間を指します。これも人によって大きく差が出ますが、大体、男女とも80歳くらいまでを想定しています。この時代は時間的な余裕もありますから、これまでできなかった旅行とか、スポーツとかをやりまくる人も出てくる時です。逆に言えば、この時期はそのお金も必要になります。出費も一時期は働いていた時代に負けないほどになることも覚悟しなければなりません。それが経済的なリスクとリンクする所以です。しかし、所詮、収入が現役時代とは違います。限られたものになりますから、自然に縮小していきます。そして、80歳を迎えようとする頃には、外出も多くなくなります。体や胃も縮小していきますから、若い時ほどの生活費は必要でなくなります。逆に、医療費や介護費用が必要になってくるのですが、医療費については、現在の医療費制度が続く限り、病院への通院回数は確実に増えても、それに比例するほどに増えるということはありません。ただ、人によってはサプリメントとか、マッサージとかの支出が増えます。それはそれだけ、健康に関心が深まってくるからです。

生活支出の面から言えば、食糧費は低減していきますが、光熱費や暖房費などは若い時代よりは増えます。それだけ家に居る時間が長くなるということです。ついでに申し上げますと、高齢夫婦二人で生活するときにかかる生活費と一人暮らしの老人の生活費とはあまり変化はありません。光熱費や暖房費は分かると思いますが、食糧費なども、1/2にはならないのです。一人暮らしであれば、無駄もあるかもしれませんし、そもそも、一人分に小分けされた食べ物は割高なのです。長生きリスクのうち、経済的なリスクと健康上のリスクはリンクします。しかし、月の生活費が14万円ほどで、平均余命までの年数が30年、だから14万円*12か月*30年が必要経費だなどと割り切って、考えて、年金収入を差し引いた金額を老後までに絶対に貯めなければならないなどという考えには、同調できません。むしろ、人生の中のその年代ごとに、やりたいことややらなければならないことがあるはずです。やりたいことにはお金がかかります。当然、そこにお金を注ぎ込むべきです。その代わり、それ以降の年次には、生活費をやりくりして、工夫して、例えば月10万円に抑えなけれならない時にはそうすべきだと思うのです。

このやりたいことをやるということが第3のリスク、孤独からの解放にもつながります。何かをやるという中には、仲間を作るということが当然生じてくるでしょう。人間は社会生活をする動物です。社会とのつながりを持たなければ、喜びも生まれません。健康寿命を超えれば、一人で何もできなくなります。ヘルパーさんに頼らなければ生活できないというのは悲しいものです。元気な時から隣人や友人、そのほかのネットワークを構築していくことが孤独な老後から脱出する方法なのです。その意味ではお孫さんとの触れ合いも重要です。ある調査によれば、お孫さんへの出費が高齢者の支出の大きな部分を占めるというものさえあります。正月のお年玉に始まり、三月の桃の節句、五月の端午の節句、幼稚園や小学校の入学祝などきりがありませんが、それがネットワークの構築の一環なら、必要経費かもしれません。



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