家計のキャッシュフロー表


第4章 キャシュフロー表の目線を忘れた失敗例
(1)10年後に家を建てようと決意した人がいました。1年間に50万円貯めよう、そうすれば、10年間で500万円貯まるから、それを頭金にして、ローンを組もうと考えていたのです。けれど、想定もしていなかったことが起こりました。彼の父親が認知症になって、介護施設に入らなければならなくなったのです。そして、その費用が彼の負担となりました。彼はくやしそうに言いました。「父親のせいで、夢が叶わなくなった。」でも、待ってください。あなたは計画を立てたと時に、家の建築費だけを考えていたのです。家計簿の世界ならば、それでも良いのですが、人生全体を考えるキャシュフロー表の世界では許されません。なぜなら、人生設計とは家族全員の喜びや悲しみ、希望、すべてを包み込んで作らなければならないものだからです。

(2)結婚でもそうですよね。若い二人が愛し合って、結婚したいと望みました。特に、若者のほうは花嫁の機嫌を取り結ぼうと自分の収入のほとんどを二人の楽しい新婚生活に使ってしまったのです。今日か、明日だけの話なら、それも良いかもしれません。むしろ、薦められる話だと思います。それは家計簿の世界だからです。でも、2〜3年後には二人には子供が出来て、教育費もかさんでいきます。子供部屋が欲しくなって、もっと広い家が必要になるのは当然です。けれど、それが出来ない二人には家庭の崩壊が待っています。つまり、最低限のお金の存在は私たちに安心感を与えます。逆に、それがなくなれば、楽しかった二人の間にも隙間風が吹いて、離婚ということさえ起こりかねません。つまり、私たちは家計簿の目線ではなく、キャシュフロー表の目線で、この人生を生きていかなければならないのです。

(3)埼玉のご夫婦がいました。定年退職を迎えた二人は退職金のすべてを注ぎ込んで、長年の夢であった田舎暮らしをしようと那須に別荘を買ったのです。住みはじめた当初は楽しい日々でした。しかし、5〜6年の月日がたち、ご主人の足も弱まり、ほんの些細の事で、転倒し、傷を負って、歩くことさえ出来なくなりました。二人の別荘は車がなければ生活できない場所でした。運の悪いことに、車の免許はご主人だけしか持っていません。毎日タクシーを呼んで、買い物に行くわけにもいかないのです。これからどうしたらよいのか。絶望的な日々が始まりました。今、二人はあの決断を深く後悔しているのです。

(4)佐藤さんは夫婦二人に子供が一人の家庭です。お子さんは今年小学校に入学しました。年収は500万円。働き盛りです。そこで、佐藤さん夫婦はマンションを購入することにしました。少し、背伸びをしても、希望にあった高級マンションを選びました。今は多少無理をしてでも、やっていける範囲だったからです。けれど、お子さんの成長とともに、教育費がかさんでいきました。給料は思ったほどにあがりません。そして佐藤さんは泣く泣く、そのマンションを手放したしたのでした。しかも、地価は買ったときよりも大幅に値を下げていました。お分かりですね。佐藤さんは今出来ることが、将来も出来ると勘違いしてしまったのです。

(5)ある奥さんは自分の愛娘に愛情をかけました。教育費に膨大なお金をかけ、4年制の大学も卒業させ、成人式には人一倍、きれいな着物も買ってやりました。しかし、その娘さんが恋をし、結婚して、親元を離れていったとき、この奥さんは自分のための蓄えの少なさに唖然としました。さあ、これからが私の人生だと思ったそのときに、先立つものが無かったのです。これもキャシュフロー表の目線を忘れた例だと思います。私は娘さんのためのお金をかけるなと言っているのではありません。自分の生活を含めた全体的な目で人生の計画を立てるべきではないかと申し上げているのです。

(6)最近、年金暮らしの親が自分の息子夫婦のために、不動産取得やその他の資金援助をするという話をよく耳にします。社会も子供たちもそれを期待しているふしがあります。一見、それは美しい親子愛のようにも見えますが、実は、その親たちにとって、そのお金は今では必要としない余分なお金だから出来るのです。本来なら、その親たちはそのお金で、自分の楽しみ、例えば旅行などの趣味に費やすべきだったのです。過去をしっかりと振り返れば、親たちはそれが出来る時期に、自分の心を抑え、我慢してきたわけです。これも、キャシュフロー表の目線を忘れた例なのです。

(7)相続した土地を売って、優雅な老後を過ごす。これはあるご婦人の考えでした。この人は一人っ子で、地方でしたが、大きな庭を持つ一戸建てに、父親と二人暮らしをしてきたのです。友達との会話でも、同じような境遇の人は多いものです。70歳になったら、あるいは80歳になったら、同じ老人ホームで一緒に、暮らしましょうねなどと会話も弾んでいたのです。でも、時代の流れはこの人の思惑とは大きく離れて推移しました。まず、不動産価格が暴落してしまったのです。あれほど、不動産は右肩上がりだと話をしていた街の不動産会社の人も、いつの間にか、この人のところに寄り付かなくなってしまいました。当然、友人たちとの会話も途切れました。各自が四苦八苦し始めたからです。これも、時が止まってしまっているという家計簿の考え方です。しかも、このような人に限って、カードなどでの浪費癖もついてしまっているのです。

(8)これも、不動産にまつわる話なのですが、友人と同じ優良企業に勤める方です。この方が、当時の世間の不動産投資の熱に動かされて、いくつものワンルームマンション購入に走ってしまったのです。他のことは目もくれず、自分の生きがいは不動産投資だと1軒買い、2軒買いと可能であれば、何軒も買うという行為を繰り返したのです。買って、その不動産が値上がりすることを見るのが生きがいになりました。もちろん、購入には住宅ローンを活用したのですが、借りることができる範囲も限られて、一般の事業用ローンにまで、手を染めました。つまり、この人は不動産投資に明け暮れた男だったのですが、ご存知ように不動産バブルがはじけ、ワンルームマンションの借りても減って、彼は破産の憂き目にあいました。彼は投資家ではありません、投資の失敗というにはあまりにもお粗末なものの見方というほかは無いのですが、キャッシュフロー表によって、将来のシミュレーッションしておけば防げたかもしれません。


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